秋良

さくらは続けて夢を見た。秋生しゅうせいが出征する直前の夢だった。


そこは、秋生とエリカが住んでいる工房兼住宅のあの家ではなかった。郊外の、田園風景が広がる中に建っていた古い邸宅だった。


その邸宅に、秋生が訪ねるところから始まった。


「いらっしゃい。秋生。ちょうどお父様はいらっしゃらないから。軍への協力の仕方について話し合うために、村長のところに行ってる。夜まで帰らないと思う」


そう言って秋生を出迎えたのは、上品そうな女性だった。


「ありがとう。でも、長居はするつもりないんだ。君と秋良あきらの顔を見に来ただけだから。出征の前にね」


『あきら……?』


秋生が口にした<あきら>という名に、さくらはハッとなる。一方、女性の方も、秋生が口にした<出征>という言葉にハッとなり、悲しそうに顔を伏せた。


「そう……いよいよなんですね……」


絞り出すようにそう言ってから、


「どうぞ入って。秋良はまだ寝てるけど……」


と秋生を家に招き入れた。


そして、居間と思しき部屋で寝ている、一歳くらいと思しき赤ん坊のところに案内する。


「大きくなったな……」


赤ん坊の姿を見た瞬間、秋生がふわっと穏やかな表情になって呟いた。


「あなたに似て、物静かだけど意志は強い子なんですよ……」


『そうか……』


女性の言葉で、さくらもだいたい察してしまった。秋生とこの女性は、愛し合っていたのだと。そして二人の間に生まれたのがこの赤ん坊であり、その血が洸に繋がっているのだと。


ただ、女性の父親が二人の仲を認めず、離れて暮らしているのだと、ピンときた。


「エリカさんの具合はどうですか……?」


黙って秋良の寝顔を見詰めていた秋生に、女性が静かに問いかける。それには、彼は軽く首を横に振った。


「たぶん、もう一月も持たないだろうな……それどころか、こうして僕が出掛けてる間にも息を引き取るかもしれない……」


「…! じゃあ、すぐに帰らないと……!」


女性が申し訳なさそうな表情で秋生に言った。女性もエリカの病気のことは知っていて、それで気に掛けているんだろう。


「……そうだな…君と秋良が元気にしてるのも分かったし、これで帰るとするよ……」


そう言いながらすっと立ち上がった秋生に、女性は言った。


「父も、悪気はないんです。私のことが心配なだけで……エリカさんの病気は他人にうつるようなものじゃないと頭では分かってても、不安はあるんでしょうね……」


「うん…分かってる。僕もお義父さんの気持ちは分かるつもりだ……」


秋生が穏やかに微笑みながら返した。


『そうか……エリカさんの病気のことで反対してる感じなのか……


きっと、誰も悪くない。ただ、巡り合わせが悪かっただけなんだ……』


さくらはそう感じたのだった。


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