召集令状

「エリカ……召集令状だ……俺も、戦地に行くことになる……」


「そう……お国のために…ううん、みんなを守るために頑張ってきてね……」


「……」


「私達が狼人間だったことを誤魔化す為に『本当は深窓の令嬢』とかってことにしてたりもしたけど、たぶん、みんな気付いてるよ。私達が普通の人間じゃないって……それでも気付かないふりをしてくれてたこの地の人達を守ってあげて…秋生しゅうせい……」


「ああ……分かってる、姉さん……」


それは、もう見る影もなくやつれて布団の上に横たわるエリカと、赤い紙を握り締めて座る秋生とのやり取りだった。さくらはまた、幽霊のように誰にも見えない状態で部屋の片隅に立ち、二人を見ている。


『どうしてこんなに優しい人達が……』


さくらは悔しくて仕方なかった。戦争とはそういうものだと分かっていても、やるせなかった。


どうせ人間同士が勝手に揉めてるだけだ。人間とは違う種であるウェアウルフの二人なら、


『自分達には関係ない』


と逃げ出してしまえばいい。そして人里離れたところで狼として暮らせばいい。それができるはずなのに……


にも拘わらず二人は人間としてとどまり、人間として戦争に身を投じようとしている。


二人にそれを選ばせてしまうほど、周りにいる人達が素晴らしいということなのだろう。そしてそんな素晴らしい人達までもが、戦争に巻き込まれ、戦地に行くことになる人達は人間を殺すことになるのだ。


『相手は敵。人間じゃない』


と自分に言い聞かせて。


『だけどどんなにそうやって誤魔化したところで、相手が人間じゃない別の生き物になるわけじゃない。そんな詭弁を弄するしかなくなるというのが、異常なんだ。


異常なのは、人間の方じゃない。その人が置かれた<状況>だ。


それに目を瞑っているから、見て見ぬふりをしているから、事件は起こってしまう。


私は……イヤだ……エンディミオンや洸をそんなところに置きたくない……!』


エンディミオンや洸が人を殺さずに済む状況を作りたい。私にとっては大切な二人だから……


たぶん強い痛み止めであろう薬を飲んだエリカが寝付いた後、秋生が赤い紙を握り締めたまま庭に降りて、隅に作られた小屋に入っていった。以前に庭を見た時にはなかった小屋だった。いかにも昔によく見られたトイレのようにも見えたが、そこは周囲の地面より一段下がった床に、一辺一メートルほどの、四角い、しかも暑さは二センチくらいありそうな分厚い鉄板が敷かれていただけの奇妙な小屋だった。


しかしさくらはそれを一目見てピンときた。


『これは、あの時の……』


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