オレも、お前と

『私はさくらに出逢えたこと、ミハエルに出逢えたこと、洸に出逢えたことに心から感謝している』


アオのその言葉は、さくらにとってもとても心強かった。さくらもまた、アオに出逢えたこと、エンディミオンに出逢えたこと、洸に出逢えたことに心から感謝している。


ミハエルに出逢えたことももちろん感謝しているものの、これについては、あまり表に出すとエンディミオンにとってはやはり面白くないであろうから、敢えて口には出さないでおく。


アオがエンディミオンのことにあまり触れないのも、自分がエンディミオンのことをあれこれ言うのを彼が喜ぶはずがないないのが分かっているから、口にしないということも、さくらは分かっていた。


アオの気遣いが心に沁みる。


洸と共にアオのマンションを出ると、当然、エンディミオンが迎えてくれる。


「ありがとう、エンディミオン…」


彼の姿を見た途端、さくらはほとんど無意識のうちにそう声を掛けてしまっていた。本気でそう思っているからこそ漏れた言葉だった。


「なんだ、いきなり……」


エンディミオンは突然のそれに訝し気にさくらを見るが、しかし彼にも分かっていた。さくらが意味もなくそんなことを口にするタイプでないことは。


だから悪い気はしなかった。しないのだが、あまりそういうことを言われ慣れていないので、どう反応していいのか分からないのだ。


そしてさくらに背を向けて歩き出して、


「オレも、お前と出逢えてよかったと思う……」


と、ほとんど聞こえるか聞こえないかという小さな声で呟くように言った。


ただし、だからといって彼がいきなり愛想よくなったり、誰にでも親切になるということはない。そんな風に振る舞えるようになるには、彼のこれまでの人生は殺伐としすぎていた。そして彼自身が、自分のしてきたことを棚に上げて幸せを満喫するということができない性分だった。


彼は、その本質において本当は優しい性根の持ち主なのだ。だからこそ、自身が多くの人間達や吸血鬼達を不幸に陥れてきたことが許せない。


許せないから、自分も幸せになってはいけないと無意識のうちに思ってしまう。さくらの優しさに素直に甘えることができない。


でも、それでよかった。さくらはちゃんとそんなエンディミオンのことが分かっていたから。




三人で家に帰ると、一緒に風呂に入ってまた一緒に寝た。それだけでもうさくらにとっては幸せだった。エンディミオンが何か気の利いたことを言ってくれなくてもしてくれなくても別に良かった。


そしてその夜、さくらははまた夢を見たのだった。


エリカと秋生の夢だった。


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