<理由>を減らす

アオとさくらの会話に、ミハエルも加わる。あきらがお絵描きを始めたことで、意識を向けることができたからだ。


「僕も、アオの言うことはその通りだと思う」


「ミハエル……」


「ミハエルくん……」


自分の方に振り向いた二人に対して、ミハエルが語る。


「これは、人間とは異なる種である僕からの客観的な意見として聞いてほしい。


人間は、人間を殺すことができる生き物なんだ。それは厳然たる事実なんだよ。


むしろ、同族殺しができない動物というのは基本的にいない。攻撃力が足りないことで直接死に至らしめることができない動物は確かにいるけど、それでも、何かの弾みで死に至らしめることはできてしまうし、そうやって同族を死なせてもそれに罪の意識を感じることもない。


これは、少し考えてみれば分かることだと思う。なぜなら、そんなことでいちいち罪を感じていたら野生では生きていけないよ。


餌の奪い合い、縄張りの奪い合い、メスの奪い合い、そういうことで同族を死に至らしめることは当たり前のように在るからね。必要に迫られれば<親殺し><子殺し>もある。


人間も動物の一種である以上、それは変わらない。


だけど人間は、後天的な<教育>で『人間を殺してはいけない』という価値観を植え付けることによって、人間同士で殺し合うことを回避しようとした。


でも、それは裏を返すと、その価値観を植え付けることに失敗するとそのまま人を殺せるようになってしまうという意味にもなる。


加えて、元々人間を殺せてしまう生き物である以上、十分な<理由>があれば殺せてしまうんだ。しかもその<理由>は、『自分の身を守る為』『家族を守る為』といった普遍的なそれでなくてもいい。当人にとってだけ十分なそれでいいんだ」


静かに、淡々と、しかししっかりとした口調で、ミハエルはそう言った。アオとさくらも、彼の言葉に耳を傾けた。


ミハエルは続ける。


「だけど勘違いしないでほしい。これは、人間という種を馬鹿にしてるわけでも蔑んでるわけでも貶めようとしてるわけでもないんだ。ただただ客観的な事実を述べてるだけで。


その上で伝えたいんだ。人間が人間を殺せる生き物であるということは、翻って、<人間を殺さなくちゃいけない理由>を減らすことで、殺人を減らすことができるというのを。


これは、歴史が証明してる。


今よりずっと刑罰が厳しかったはずの中世の世界の方が、今とは比較にならないほど人口当たりの殺人件数が多くて、それに比べて現代の方がはるかに減っているという客観的事実がそれを物語ってるんだ。


人間が生きる環境が改善されたり、生活が豊かになったことで、<人間を殺さなくちゃいけない理由>が減ったということが大きいってことを。


もちろんそこには、教育の充実も影響してる。<人間を殺してはいけないという価値観>を植え付けることに成功したこともあると思うけどね」


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