タガ

アオは言う。


「よく、『人を殺せるのは、そいつが生まれついての異常者だからだ』みたいなことを言う奴がいる。だが冷静に考えたらそれはおかしいと分かるはずだ。でないと、徴兵されて戦争に行って敵兵を殺した人は、みな生まれついての異常者なのか?という話になってしまう。


だから私も思うんだ。人間は元々、人を殺すことだってできてしまう生き物なんだ、と。それを、人を殺さなくても生きていける環境を整えた上で、『人を殺してはいけない』と教え諭すことで殺させないようにしてるだけなんだってね。


順序が逆なんだよ。正常な人間だって、<殺さなきゃいけない状況>、<殺すしかない状況>に置かれれば、人を殺すことができてしまうんじゃないのか?


凶悪な事件を起こす奴が<不良品>ってわけじゃない。それだけの凶悪な事件を起こせてしまえる状況こそが異常だって考えないと、現実を見ることはできないと私は思う。


様々な条件が重なり合うことで、結果として凶悪な事件に繋がってしまう。そこに至るまでに積み重なった様々な条件のいくつかを取り除けていれば、事件は起こらなかったんじゃないのか?


そう考えないと、戦争に行って戦ってきた人達が浮かばれない。


戦争と犯罪は同列ではなくても、兵士として戦って人を殺すことになった人達の数の多さから判断するに、人を殺せるようになるのは正常か異常かの問題じゃないって考えないと道理に合わないと思うんだ。


なるほど家族を守るため、大切な人を守るためにこそ戦えたと言えば美談にもなるだろう。しかしそうやって美談仕立てにすることで本質から目を逸らすのは、現実を見てる人間のすることか?


少なくとも私はそうは思わない。


人間は人間を殺せるんだ。別に異常者でなくてもな。そうするのに十分な理由さえあれば。そして、『失うものは何もない』というのは、ものすごく大きな理由の一つになるだろうな。


ましてやエンディミオンは人間とは別の種だ。同じ種である人間を殺すことよりもたぶんずっとハードルは下がる。人間が人間以外の動物を殺す場合、多くは同じ人間を殺すよりも抵抗感が少ないであろうことと同じだろうって気がするよ。


だから私もさくらと同じで、エンディミオンを責める気にはなれない。現に彼は、日本に来てからは一人も殺していないんだろう? つまり、彼にとっての<人を殺さなきゃいけない理由>が減って、閾値を下回ったってことなんじゃないのか? その状態を維持できれば、彼はこれからも人を殺さずに済むんじゃないのか?


普通の人間に比べれば閾値はずっと下がってしまっているかもしれないが、さくらとあきらの存在が、それを補う<タガ>になってくれてると私は思うんだ」


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