感覚のズレ

「よく、作家が好き勝手に描いたものはウケないと言われるが、私が好き勝手書いたものの殆どはお前にボツにされるが、でも、それが何故か分かったような気がするよ」


さくら達の新居での暮らしがいよいよ落ち着いた頃、アオの方もペースが戻ったのか、またかつてのような持論を展開し始めた。すると、さくらも、


「先生……」


安心したような表情で視線を正す。


「まあ、プロとしてやっていけるような作家は、普通の人とは結局、感性が違うんだろうな。だからこそプロにもなれるんだろうが、それは同時に、作家本人が『面白い』と思うものはどうしても万人受けするものじゃないことが多いということに繋がるのかもしれん。


一方、編集者は、作家じゃない。その多くが作家にはなれない人間だろう。故に、感性そのものはむしろ読者に近いんだろうな。そこが肝心なんだと思う。


編集者は、一般とは違った感性を持つ作家と、読者との間に立って、その辺りの<感覚のズレ>を補正してくれてるんだろうな。だからヒット作が生まれる。


そういうことなんだろうと私は思うんだ。そう考えれば、なるほど納得できる」


アオはコーヒーを飲みながら、さくらに語った。


「そうかもしれませんね。私達編集は、作家の方々に<売れる商品>を作っていただかないといけないんです。


作品は作品として大切にしたいですが、企業として利益も出さないといけません。そのためには売れるものを市場に出す必要がある。


だけど、編集者はどういうのが売れる商品なのかという知識はあっても、作品そのものを作り出すことはできない。それができるんなら、編集者自身が<売れる商品>を作ればいいだけですよね。でも実際にはそうじゃない。編集者は、普通、作家の方々が持ってるような感性を持ち合わせていないんでしょうね。


でも、先生がおっしゃったように、作家の方々の感性は独特なので、ご本人が面白いと思うものが必ずしも読者の面白いと思うものと一致するとは限らない。


作家の方がただただ自分が面白いと思うものを書いてもまったく読者にはウケないという実例も、たくさんあります。


もちろん、売れた事例もあるでしょうけど、そうじゃない事例も数多い。


商売である以上、きちんと勝算があってでないといけない。となれば、任せきりにもできません」


「癪に障るが、そういうことなんだろうなって思うよ。お前にボツにされたものはネット上で公開してるが、正直、<蒼井霧雨の作品>だから読んでくださってる方が多い。もし別人として発表したならそれこそ読んでももらえないんだろうなあ」


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