応える用意

エンディミオンやミハエルに言われたことは、さくらも『なるほど』と思えるものだった。見る度に別人のように変化している子供というのは、さすがに人間の目からは異様にも見えるだろう。


なので、逆に狼の姿を常に取っていてくれればまだ誤魔化しやすいだろうが、幼いあきらにはそこまで自在に自らの姿を変えることはできなかった。


ほぼ無意識のうちにさくらの前では人、アオやミハエルの前では狼、という形で過ごしているだけである。


ただこれも、


「一歳になる頃にはかなりコントロールできるようになると思う」


とのことだった。


だからそれまでの間、上手く誤魔化していかないとということだ。


近所の人間に見られても、『親戚の子供を一時的に預かっている』という顔で通すことに決めていた。訊かれてももちろんそう応える。


『あれ? なんか急に大きくなってない?』


などと訊かれても、


『兄弟なんです。よく似てますよね』


と応える用意はしている。


何とか一年ほど誤魔化せば、取り敢えずどうにかなる。


とにかくそういう方向で行くだけだった。




「ほう? そんな夢を?」


洸を連れてきて夢の内容を告げたさくらに、アオが感心したように呟いた。


「はい、あの夢がもし本当のことなら、人形のモデルになったウェアウルフの女の子はエリカって名前で、後年、何らかの理由で亡くなって、その姿を再現したのがあの人形ってことになるでしょうね」


「ふむ…今の時点で断定はできんが、可能性は確かにありそうだ。もし夢の続きが見られたらさらにいろいろ分かってきそうだな。


洸は何か夢とか見てないのか?」


ミハエルに積み木で遊んでもらっていた洸にアオが問い掛けるものの、彼は、


「…?」


と首をかしげるだけだった。


まあ、見た目は五歳くらいでも、成熟度で言えば人間の二歳くらいとみられているだけに、あまり複雑な話はまだ理解できないだろうし、説明もできないだろう。なのでそれはいいとして。


「なんにせよ、今は様子見だな」


ということで、今はそれが結論だった。


その後、出勤時間まで原稿のチェックをして、


「ボツです」


「どひぃ~~~っ!!」


などのやり取りがあって、それを見ていた洸がケタケタと笑ったりという時間を過ごし、スマホのアラームが鳴って、


「じゃあ、お母さん、仕事に行ってくるね」


と洸に声を掛け、


「いってらっしゃい♡」


と見送ってもらって、出勤した。


そして、さくらの姿が見えなくなった途端に、するすると洸の姿が変わり、狼のそれになる。


清々しいくらいにさくらの前でのみ人間の姿を保っていた。


しかしアオもミハエルも、それでいいと思っている。


「よ~しよしよし♡」


人間の服を脱ごうとしてもがく洸をなだめつつ、アオは洸の服を脱がしてやったのだった。


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