優しい世界
こうやってさくら達が
「洸は元気か?」
なんてことも訊いてくる。
もっとも、洸がすこぶる元気なのはさくらの様子を見ているだけでも分かるし、そもそもアオの部屋からキャアキャアはしゃぐさくら達の声も聞こえてくるので、訊くまでもなかったが。
「もちろん、元気だよ」
さくらも、それを分かっていて応えた。このやり取りだけでも彼の機嫌がある程度掴めるので、疎かにはしないだけだ。
普段から相手の様子をよく見ていればある程度の機嫌くらいは分かるだろう。それが分からないのは、普段の様子を見ていないことが多いと思われる。
もちろん、見ていても分からない場合もあるだろうが、人間、なにがしかの情報は常に発信しているので、それが上手く掴めていなければやはり分からないのかもしれない。
しかし、さくらはしっかりと彼のことを見ているし、表情、態度、仕草、言葉遣い、声の調子、そういったものから彼の機嫌を察知することができていた。
ちなみに、今日は普通といったところか。
そして編集部に戻る前に、
「何か食べていく?」
と尋ねると、
「そうだな。牛丼でいい」
との返事だった。安いメニューをリクエストする時は、気持ちが安定している場合が多い。それに対して、高いメニューを求める時は、少し甘えたい気分だというのも分かっていた。
それを察してからはそれこそ何も心配していない。
さくらにとって彼はとても<いい子>だった。彼の方がずっと年上だけれど、その過酷な境遇故に甘えてこられなかった分を取り戻してほしいと思っている。
それには、彼女自身が幸せでなければならない。自分が幸せじゃないと、他人を受け止める余裕は少なくなってしまう。
人というのはそういうものだろう。
だから、さくらは自分が幸せになることを心掛けていた。
アオやミハエルや洸に癒してもらって、穏やかな気持ちになることで、エンディミオンのささくれた心を受け止める余裕を作った。
すると、エンディミオンの態度も柔らかくなって、それがまたさくら自身を癒してくれる。
仕事は大変だし、上司は理不尽なことを言ってきたりするし、移動の電車内とかでは不快な思いをすることもある。何一つ嫌なことのない一日なんて記憶にある限りほとんどなかった。
けれど、生きるというのはそもそもそういうものだろう。嫌なこと、自分に都合の悪いことが何一つない人生なんて有り得ない。
そういうものとの付き合い方を、アオもさくらもしっかりと掴んでいるのだ。
<優しい世界>は、誰かが与えてくれるものではない。自らが作り出すものであると知っているが故に。
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