いくら何でも
今ではさくらは、編集部の前にアオの家に寄ってから出勤することが当たり前になっていた。
非常に手間ではあるものの、
ただ、それでも時間が無駄になることには変わりない。
そこでアオが言った。
「なあ、いっそ、家を買わないか?」
「…は…?」
これにはさすがにさくらも驚かされた。
「家を…ですか?」
「ああ。お前としてもこうやって毎日、洸に会ってから出勤するのは大変だろう。そこで、だ。実はこの近所で出物の物件があるんだ。まあ、いわくつきの物件ってやつだが、もしお前さえ良ければ頭金は私が出してやる」
アオは気軽にそんなことを言うが、いくら何でも普通じゃない。
「ええ……? さすがにそれは無茶苦茶じゃありませんか? 他人の家の頭金を出すなんて……」
さくらがそう言ったのも無理はないだろう。しかし、アオは本気だった。そして、アオなりの<理屈>があってのことだった。
「いやいや、私とてそこまでお人好しじゃない。相手がお前だからこそなんだ。それに、もしお前がいずれ洸と一緒に暮らすようになっても、私としてもすぐに会いに行けるところの方がいいし」
その言葉に、さくらもピンときた。
「……電車に乗りたくないってことですか?」
「ありていに言えばそういうことだな」
確かに、アオは電車などの、限られたスペースに多くの他人と一緒にいるという状況が好きではないことはさくらも知っていた。それ自体は、作家などをしているタイプの人間にも珍しい話ではないだろう。しかし、だからといって他人の家の頭金を出すなどというのは、そうある話でもない。
「先生が普通じゃないのは私も分かってるつもりでしたけど、さすがに今回のは非常識に過ぎると思うんですが……」
「そうか? 私としては自分のために金を出すんだから別にどうということもないんだが」
「さすがにそれは私にも分かりませんよ」
さくらはそう言うものの、アオは元々、自分が『これだ!』と思ったことに対しては金を惜しむタイプではなかった。普段は散財しないが、使う時にはパッと使うのだ。だからアオ自身としては何も不自然なことではない。
「もう……確かに洸のためだったらっていうのは私も思いますけど……」
とにかく、実際に家を買うかどうかはさて置いて、今のワンルームマンションでは、洸も一緒に住むとなれば手狭になるのは確かだった。なにしろ単身女性向けの物件だったから、今、エンディミオンが一緒に住んでることも管理会社に知られればいい顔はされないだろう。
いずれ引っ越しは考えなければならないのは事実だと思われる。
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