甘えて
『ステーキがいい』
とエンディミオンが言ったのは、それ自体は本音ではあるものの、必ずしも聞き入れてもらえるものではないのも分かっていた。ある意味では<冗談>だったのだ。
それに、
『こいつと一緒に食う飯は何でも美味いからな……』
そんなことも考えていた。
さくらの方も、エンディミオンが贅沢をしたいわけではないことを知っている。それに、本気で食べたいのなら、無銭飲食でもなんでもお手のものなのだから、それをしないという時点で本気ではないとも分かる。
ただそう言いたかっただけなのだろう。
要は甘えているのだ。
本人は気付いてないかもしれないが。
さくらも敢えてそのことには触れない。迂闊に意識させるとまた意固地になってしまうかもしれないからだ。
正直、小さな子をあやしているような気分にもなるものの、もちろんそんなことも口にはしない。
彼女は<尊厳>を大切にする。彼の尊厳についても最大限に尊重したいと思っていた。
たとえ相手が本当に小さな子供であっても、さくらは同じようにするだろう。
彼女の両親は、心は弱かったかもしれないが、相手の尊厳を尊重する人達だった。そんな両親の姿を見て育ったさくらも、それに倣って相手を尊重する。
もっとも、精神的に追い詰められると必ずしもそれを保てない時もあるのも、彼女が人間だからだろうが。
しかし、それが分かっているからこそ、彼女は他人に優しくできる。自分が完璧じゃないからこそ、他人にも完璧を求めない。
たとえ相手がダンピールであろうとも。
アオとの打ち合わせが終わってからだと値段や質が手頃な肉が残っていない可能性があったので、先にスーパーで買い物を済ませてから、アオのマンションへと向かった。
「すいません。食材を冷蔵庫に入れさせていただいてもいいですか?」
すでに気の置けない仲になっているアオに対してなら、こんなこともお願いできる。
「おお、構わんぞ。ほほう、肉か。今夜は焼肉かな?」
さくらが買い物袋から取り出して冷蔵庫に入れる時に見えた肉が焼き肉用と察し、そう声を掛ける。
「はい。エンディミオンが肉が好きですから。
ホントはステーキをリクエストされたんですけど、予算の都合で」
照れくさそうに笑みを作りながらさくらが応える。
「なるほど。下っ端編集者じゃさすがに厳しいか。だが、作家を接待するという名目なら経費で落とせたりせんのか? なんだったら口裏を合わせてやってもいいぞ」
ニヤリとアオが悪い顔で言うが、さくらは苦笑いを浮かべて、
「さすがにそれは……それに、うちの会社はその辺り厳しくて、編集長クラスでないと接待目的で経費なんか認められませんから」
と返す。
真面目な彼女らしい返答だっただろう。
「そうか。なんだったらうちで焼肉パーティーでもと思ったんだが」
アオのその言葉には、
「そうできたらいいですね」
と、少し寂しそうに応えたのだった。
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