国際空港に着いたアオとミハエルは、朝からすでにたくさんの人が行き交うロビーにいた。


そんな二人を、あの女性も離れたところから見ている。


こうして国際空港まで来てさえ、彼女はまだ『何かの間違いだ…!』という考えを捨てきれずにいたようだ。


するとミハエルはロビーを見渡し、どうやらロシア系と思しき白人男性とその家族らしき四人連れのところに、にこやかに笑顔を浮かべて近付いて行った。


まるで待ち合わせでもしていたかのように。


そして自分に気付いたその三十代後半くらいの男性に向かい、


「Доброе утро(おはよう)」


と声を掛ける。それと同時に、魅了チャームの力を応用し、認識を誘導する。すると男性の方も、顔見知りと再会した感じで、


「Привет(やあ)」


と応えてくれた。


さらには、男性と一緒にいた妻らしき女性と、ミハエルよりは見た目の年齢では少し上にも見える子供二人にも魅了チャームを使い、友達、いや、もはや<家族の一員>のようににこやかに話し始めたのだった。


事情を知らない人間から見れば、完全に、これから一緒に飛行機に乗る<連れ>にしか思えないだろう。


ミハエルがこの家族連れに声を掛けたのは、男性と女性の会話から、ドバイ行きの飛行機に乗る予定であることが分かったからである。


そうして飛行機の時間が近付き、ミハエルはその家族連れと一緒に搭乗ロビーへと移動を始めた。


「元気でね、アオ」


と手を振りながら。


「―――――!」


それを見た瞬間、アオの目からポロポロと涙が零れた。


実は、できればそうやって別れを惜しんで泣いてみせる予定ではあったのだが、実際にこうしてミハエルを見送るとなった時、突然、アオはギュウッと胸を締め付けられるのを感じたのである。だから演技ではなく、本当に涙が零れたのだ。


「ミハエル……っ!」


自分でも無意識に彼の名を呼び、両手で口を押え、震えるように、


「ミハエル……!」


再度、彼の名を呼んだ。


アオは思ってしまったのだ。いつかは本当にこうして別れる時が来るかもしれないと。その想いが、演技ではない、本物の感情を呼び起こしてしまったのである。


『イヤだ…! 行かないで……っ!』


ついそう口にしてしまいそうになって、でもそれは辛うじて飲み込んだ。


そんなアオを、ミハエルも潤んだ瞳で見詰めていた。




この時の光景をただのお芝居であると見破れる人間はおそらくいない。


だから、ストーカーの女性もそうだと見破ることができなかった。


足に力が入らず、その場に崩れ落ち、アオ以上にボロボロと涙をこぼす女性に、空港の職員が、


「大丈夫ですか…?」


と声を掛けたのだった。


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