幕を閉じる
結論から言うと、今回の<作戦>は大成功だった。
ストーカーの女性は、諦めきれなかったのか数日の間はアオの部屋の前に現れたりもしたのだが、部屋を出入りするのがアオだけなのを思い知らされたのか、いつしか現れなくなった。
その全てを、ミハエルは気配を消して見ていた。
それだけではない。女性の自宅へも訪れ、詳しく確認したのだ。
だから知ってしまった。その女性が、突然、アゼルバイジャンへと渡航してしまったことを。
「マジ……? そこまでする……!?」
ミハエルが嘘を吐くとは思っていないものの、それでもさすがに信じ切れなかった。偶然見かけただけで、ここまで言葉を交わしたことさえないミハエルを追いかけて本当にアゼルバイジャンまで行ってしまうなどと、誰が思うだろうか。
しかしアオは思い至ってしまった。
「そっか……エンディミオンが言ってたっていう、『近々何かやらかす』っていうほどの強い衝動が、『アゼルバイジャンへの渡航』って形で現れちゃったんだ……!」
おそらくその通りだろう。犯罪すら厭わないくらいのそれに突き動かされ、いても立ってもいられなくなってしまったのだと思われる。
孫娘をそんな異国へと送り出さなければならなかった女性の祖父母には申し訳ないが、アオはむしろホッとしていた。
「事件を起こすよりはまだマシだよね……」
と。
無論、アゼルバイジャンまで行ったところでミハエルはいない。さりとて、もうここから先はミハエルにもアオにもどうすることもできない話である。
あの時、ドバイのレジャー会社に勤めるロシア出身の男性とその家族と一緒に搭乗ロビーまで行ったミハエルだったが、当然、実際に飛行機に乗るつもりはなかったので、
「じゃあ、僕はここで」
と言って別れ、そのままトイレの方に行くふりをして気配を消し、涙を拭いながら空港を立ち去ったアオを追いかけて合流、家へと帰ってきたのである。
その後は、完全に気配を断ったまま生活を続け、買い物へはアオが行くようにしたのだった。
しばらくは監視を続けていた女性も、もうそこにはミハエルはいないと考えるようになり、同時にアゼルバイジャンへの渡航を決意。祖父母に渡航費用を出してもらって旅立ってしまったというのが事の顛末であった。
「今回のことが、あの女性にとって何かのきっかけになってくれたらなって願うよ……」
アオと一緒にお風呂に入りながら、ミハエルは祈るようにそう言った。
「ホントだね……まったく新しい環境に飛び込んだことで彼女の心にも変化が生じてくれればって私も思う」
かくして、<ストーカー事件>は、大きな被害もなく、そもそも事件にすらならず、ある意味では不可思議な形で幕を閉じることとなった。
そして、アゼルバイジャンへと渡った女性はアオの言った通り、それまでとはまるで違う環境におかれたことにより心理的な変化がもたらされ、その結果、思いもよらない出逢いをすることになるのだが、それはまた別のお話である。
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