おまわりさん、こいつです
『月明かりの下でも瞳の色や唇の色まで分かる』
それは普通なら有り得ないことだ。人間の目はそこまで高性能ではない。なのに、分かってしまったのは、<それ>が埒外の存在だったからだろうか。
『生きてる…? 生きてるよね…? 人形とかじゃないよね……!?』
そう、魅せられてしまっているのだ。完全に。
縋るような目で自分を見詰める濡れたその瞳に。
「こんなところでどうしたの…?」
ほとんど無意識に問い掛けてしまう。今のご時世、下手をすると<声掛け事案>とも言われかねないのに、そんなことも確かに頭の中にはよぎっているのに、自分が抑えられない。
『く…これが
なんてことも思う。
すると<それ>はころころとした鈴の音のような声で言った。
「お姉さんは、ボクの味方……?」
『ボクの味方…?』
その言い回しに違和感も覚えつつ、でも耳から体の奥深くまで転がり込んで隅々をくすぐるような声色にゾクゾクとしたものが背筋を奔り抜け、
『ヤッベ…なんかモレそ……!』
なんてことまで思ってしまう。そして混乱しつつも、
「ははは、少なくとも敵じゃないとは思うよ…」
と言ってしまった。
『男の子…だよね』
声の質からそうとは思いつつもそれは敢えて口に出さず、
「どうしたの? 何か困ってるの? もしよかったら交番とかまで連れていってあげようか?」
とは言ったものの、この近くには交番なんてない。警察署までも歩けば三十分はかかるだろう。
それでも放ってはおけなかった。
だけどその子は言う。
「コーバンって、おまわりさんのいるところ? おまわりさんはヤだな……」
困ったような表情で視線を逸らす様子に、
「あ…ああ、大丈夫…! 行きたくないなら無理にとは言わないから…!」
などと手を振りながら言ってしまった。
『く……本当なら一も二もなく警察に連絡し、保護してもらうべきだろうに…!
どうして…? なんかそうしちゃいけない気がする……!』
だから口に出てしまったのだ。
「私の家に来る……?」
しかしそれを口にしてしまってから、
『ヤバい…! ヤバいって…! これじゃ声掛け事案どころか<誘拐>だよ……!』
と内心では焦っていた。
保護者に断りなく子供を連れていけばそれだけで略取誘拐が成立しうることを、蒼井霧雨は知っていた。自身の作品の中ではヒロインに少年を連れまわさせたりしていたが、それはあくまで<ファンタジー>であることも、彼女はわきまえていたのである。
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