クセの強い喪女作家のショタ吸血鬼育成日記

京衛武百十

ミハエルの章

落ちていた少年

「霧雨先生! 何ですかこの<小太りの少年がアラフィフ女性教師と禁断の恋に落ちていく物語>というのは!? 誰がこんな話を読みたいと思うんですか!? もっと読者のことを考えてください! 個人的な好みばっかりじゃ使えませんよ!」


「ふん。なにが『読者のことを考えてください』だ。よくそんなおためごかしを抜け抜けと口にできるな。


だから何度も言ってるだろうが。私は『凡百な作品では満足できない層の読者に向けて書いてる』と。これもまた『読者の為』ではないのか? お前の言う<読者>とは、所詮、<金>のことではないか。『読者のことを考えろ』と口にしながらその実は売り上げのことしか考えていない。


お前達出版社は、結局、目先の金のことしか考えておらんのだ」


「当たり前でしょう! 私達は別にボランティアで本を出してるんじゃないんです!」


「だったら最初から、『金の為』と言え! それを『読者の為』とか聞こえの好い上っ面の言葉にすり替えるんじゃない! 昨今の出版業界への批判の大半は、そういう部分を見透かされているからだと何故気付かん!? 勉強と金の計算しかできん社畜風情に創作の何が分かるというんだ!?」


「あーもう! 埒があきません! とにかくこの原稿はボツです!! 先生は<職業・小説家>なんですから、ちゃんと仕事として割り切ってください! それが嫌なら同人作家に戻ればいいでしょう!?」


「ほう? 言ったな? じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうか。私がしたいのは<創作>であり、<作品>が作りたいのだ。金の為に作るのは<商品>だ。私は商品を作りたいのではない!」


「く…! 本当にああ言えばこう言う……とにかくとにかく<商品>だと思うのならそれでいいですから、プロとして商品を納期までに収めてください! いいですね!?」




以上が、新進気鋭のラノベ作家、<蒼井霧雨あおいきりさめ>と、担当編集<月城つきしろさくら>との間で、細かい部分に差異はあれどほぼ同じ内容で幾度となく繰り返されたやり取りである。


デビュー作、<陰キャ少年のアラサーハーレム無双>が、なぜか空前のヒットを飛ばし、同人作家からプロ作家へと転身した蒼井霧雨は、とにかくニッチな層に絶大な人気を博し、決してメジャーとは言えないものの確実な売り上げを確保するが故に出版社側としても切るに切れない、<扱いの難しいクセの強い作家先生>であった。


この物語は、そんな蒼井霧雨が、日課の散歩中に、一人の少年を『拾った』ところから始まる。




まだ日が暮れて間もない宵の口とはいえ、街灯も殆どない、人通りも殆どない住宅街のはずれの道端に、その<少年>は『落ちて』いた。


「……え? なんだ…?」


月の光を受けて暗闇の中でも輝いて見えた髪に目が留まり、思わず足を止めた彼女が見たのは、うずくまる子供の姿だった。


『女の子…? 男の子……?』


遠目にも分かる華奢で小さな体は、その時点ではどちらとも判別がつかなかった。


「これは……」


この時、蒼井霧雨が感じたものは予感だったのだろうか。


吸い寄せられるように近付いていく気配を察したのか不意に顔を上げて視線を向けた<それ>に彼女は息を呑んだ。


『なにこの芸術品……っ!?』


月明かりの下でも分かる、さらさらとしたプラチナブロンドの短髪、碧眼、この世のものとは思えない整った顔立ち、濡れたような赤い唇。


一目見た瞬間に、彼女は魂そのものを掴まれるような衝撃を覚えたのであった。


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