第39話

 3月20日、横浜スタジアムはチームカラーである青一色で球場が埋まった。オープン戦で満員御礼が出たのは4年ぶりの快挙である。


 オープン戦で初の女性プロ野球選手の登場と、椎名猛の投げる球が魔球だとネットニュースから火がつきこの満員御礼に繋がった


 事の発端は3月頭に誠と猛がピッチング練習しているところから始まる。誠の後ろから突然


「こないな球初めて見るわ、ドラフト下位のピッチャーに専用女キャッチャーって笑わすのォ~」


 僕が振り向くとドルフィンズの正捕手、山岡公康がしかめっ面で立っていた。僕は彼を無視しながら練習を続ける。


「こんな糞ボールを取るためだけに、無駄銭使うなんてあほちゃうか」


 関西弁で嫌みを続ける山岡。


「ちょっと代わったってみぃ~」


 僕は肩をつかまれ後ろに下がらされる。


「すいません、彼のボールには僕しか触っていけないと監督通達がきてるんで」


 僕を強調して彼に伝える。いや彼もこのことは知っているはずだ。猛が申し訳なさそうに


「先輩すいませんそう言うことなんで」


 と帽子をとってお辞儀する。


「投げェ~といっとんのや!」


 語気を荒げる。ざわつくブルペン。コーチの一人が走ってきて事を小さくしようとしたらさらに火が大きくなる。


「レギュラー捕手のワイがなんで格下の高卒投手ルーキーの球なんぞに手こずる訳ないやろ」


 コーチはしかたなく彼を座らせることに同意する。パンパンとミットを鳴らす。


「防具をつけないと怪我しますよ」


 火に油を注ぐ僕。


「何年やってると思っとるんじゃ!」

 

 猛が魔球をミットめがけてなげる……『ボゴッ』という嫌な音がして地面に崩れ落ちる正捕手。


 当たり所がよく10日間の打撲で、ギリギリで開幕に間に合いほっとする首脳陣。しかし、このことが原因で椎名猛が注目選手になってしまた。


 ――――――いよいよ僕たちの腕が試される


 このオープン戦で失敗すれば二軍スタートも十分考えられる……球場に立っている喜びはどこか飛んでしまっている。僕は満員の球場でミットを構え少し目を細める。


 横浜スタジアムにいる全員が彼の一球に注目する。


 キレのいい魔球が内角一杯に決まる。呆然と見送る打者、揺れる球場。二球、三球さらに場内は大きく揺れる。


 ボールをさほど投げ分けもせず5回を無失点に終えた。打たれたボールはすべてストレート僕の配球の組み立てがまだまだということだ。


 試合後猛は記者に囲まれる。僕は開幕一軍の切符を手に入れたことを確信した。


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