第40話

 それぞれの思惑―――


 横浜球場に集まった各チームのスコアラーは戦慄する。まずは横浜球場のバックネット裏のチケットに数十万円使ったことに……椎名猛の球は凄いと騒がれていたので調査することは必然。しかし、ドラフト8巡目の選手がこれほどの球を投げるとは想像できていなかった。開幕まで十日を切ったいま、あの投球を分析できるか背中から汗が噴き出した。


 横浜ドルフィンズの監督伊佐山修司は唸る。彼の投げる球を毎日見てはいたが、実際相手側の強打者が空を切るスイングを目にすると身体が年甲斐もなく震えてきてしまう。この怪物を手に入れた幸運を感謝する。


 横浜ドルフィンズを応援し続けて早40年。オープン戦でこれほど球場が揺れたことはなかった。ドラフト8,9巡目選手がドラフトの隠し球であったことに涙した。今日この日に飲んだビールは一生忘れないだろう。


 横浜の投手が凄い球を投げるらしいとミーティングでも話は出た。しかし、俺は彼の投げる球より、後ろに構えて座っている可愛い女子の情報のほうが欲しかった。まあ、俺のバッティング力を見せつけたいという邪心のみでバッターボックスに立っていた。その邪心が初球から打ち砕かれた。何あの球! 何球にも見えるんですけど! 最後に無理くりにスイングしたがあたりやぁしない。


 あいつの球を軽く捕ってしまうあの女をみると完治したはずの傷がうずく。普通に考えれば正捕手である俺は揺るぎない地位にいるはずが、どうして自分がベンチにいるのか嫉妬してしまう。あの球を捕らずして何が一軍捕手だ……あの失態で彼からボールを受け取ることが出来るのはかなり先だと痛感した。


 ユニホームを着て記者に囲まれることなど考えもしなかった。その俺がフラッシュに包まれながら質問攻めにあっている。何を答えたかもう忘れてしまったしかし、今日の出来事を思い出してしまうと身体が熱くなる。俺の力がプロに通じたそう呟き喜びを反芻しながらベットの上で転げ回る。


 ガチョウが飛び込んできたときどう腹を割こうかと考えた。そのガチョウは金の卵を産むガチョウだった。この数年停滞しているこの局が久々にトップに飛び込むことの出来るガチョウをどう料理すればよいのか考えるだけで笑いが止まらない。

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