第37話
試合当日、第一野球場は生徒と関係者で観客席はすし詰め状態。いつもとは違い観客の多さに身震いする四軍野球部員。
この試合を取り仕切る生徒会が、観客からスマホを預かる手配で四苦八苦していた。僕が出した条件の一つ……携帯に撮られて研究されると困るので撮影禁止をお願いした。
両チームが本塁を挟んで整列し一礼をする。すがすがしい行為だが一軍が僕たちを見る目は狂犬そのもの。いつもは優しいクラスメートの今永君も今日だけは目が血走っていた。負けることの出来ない戦いが始まった。
プレイボール――僕が打席に立つと黄色い声援が聞こえる。初球伸びのある球が内角一杯を攻めてくる。ボールと主審が大きな声でコールする。この試合は幸先がいい、僕はにやりと笑う。
二球目、140を超えるストレートがキャッチャーミットに収まる。さすが一軍投手の投げる球は想像以上に伸びがある。
三球四球ファールする。全然打てない球ではない、五球目はボール一つ分外れる。六球目『カキーン』と大きな打球がレフトのポールの左に吸い込まれる。歓声がため息に変わる。結局粘った末にフォアボールで出塁、しかし後が続かず攻守が変わった。
マウンドに僕が向かう。一軍ベンチが響めくのを目に投球練習を開始する。
一人目、初球内角低めに綺麗に決まる。二球三球ボールが空を切る。監督がまた何か吠えている。気持ちがいい。
二人目、カーブでボテボテのショートゴロに詰まらせる。何でもないボールをお手玉する横島君。普通ならこんなミスをしない鉄壁のショート。僕は彼に近寄り
「かっこつけよう!」
軽く胸をこづく。彼はニパッと可愛く笑い返す。
三人目、どこかで見た選手が現れる……山田君だ。彼のスイングの音がピッチャーマウンドまで届く。
臭い球を二球続けるが軽く見逃される。僕の背中から汗が流れ落ちるのが分かる。野球が楽しい。内角低めのストレート、完全にとらえられ外野に抜けた――――
はずが、ショートが左に横っ飛びでおさえる。そしてそのままセカンドにグロブトス。そしてファーストミットに白球が収まる。ダブルプレイ! 黄色い声が場内に響く。
「横島君ありがとう」
僕は彼のグローブに
「このままベンチに帰ったらかっこ悪いっしょ」
さすが鉄壁のショート。
二回まで投げる予定ではあったが、万が一を考え攻撃の途中で自分の防具を身につけた。猛のデビュー戦だ!
準備投球を受けながら、猛のユニホーム姿がいつもより大きく見えた。初登板のくせに生意気な奴だと笑みがこぼれる。
一軍四番の香坂信二が打席にはいる。湘南高校野球部を引っ張ってきた
猛が僕のミット目掛けて球を投げる。
一軍はもとより四軍ベンチも息をのむ
「ストライーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーク」主審の声が球場に響く。
球場外が響めく
「なんて球を投げるんだ」
彼のつぶやきが僕にも聞こえた。次から声も出ないんだから僕はほくそ笑む。
* * *
五回を過ぎてお互いに点は入っていない。投手戦といえば聞こえはいいが球数が大きく違う。猛の球は前にすらほとんど飛ばないパーフェクトピッチングに対して、一軍は倍以上の球を投げているいや投げさせた。
僕たちの作戦は早打ちはせず6回までに百球投げさすこと。しかし、一流投手が100球ぐらい投げたからといって簡単に球威が落ちることはない。
四軍でも彼の球をカットできるという自信が次の回で華開く。
ワンアウト満塁、僕に三回目の打順が回る。ファールで粘った10球目サードの頭を越えるテキサスヒット。レフトとサードの中間にポトリと落ちた白球が狼煙となる。
6回を終わってみれば打者一巡の4点をたたき出す。一軍ベンチから負けムードが漂う。
さらに7回表、だめ押しの三点を追加して先発を引きずりおろした。その裏四軍エースに代わる。一軍ベンチは負けムードを払拭させようと意気込む。
僕と猛はベンチから四軍の勝利を確信する。今日の石田君の球はキレッキレだ。7点差を追い風に大量点など取られるはずはない。
石田悟は入部早々肩を壊し即四軍おち。肩を壊すといってもメスを入れなければないとかという重傷ではない。しかし、監督の鶴の一声には勝てない。
九回を終わってヒット二本打たれただけの完封リレーで試合は終わる。三人の四軍投手から手も足も出なかった、一軍監督のレッテルを貼り付ける事が出来た。
試合終了後の挨拶、一軍は完全な負け犬に成り下がってしまった。
「四谷君写真の用意!」
僕は大声を出す。はひぃ~とベンチから大きなカメラを持ってくる。
「今から撮影会、僕と猛と一緒のチームメイトだった証が必要でしょ」
下位ドラフト指名のプロ野球選手の卵がほざく。
まずは四軍仲間が遠慮無く僕と肩を組む。猛が俺もプロ野球で大活躍するんだけど! と声を荒げるとお前はいらないと綺麗なおちに使われる。
いつの間にか後輩もグラウンドに降りてきて撮影会を楽しむ。
一軍にも誠ちゃんファンクラブ員は数多くいる。遺恨は残るかもしれないが今日の出来事は必ず宝物へと代わる。いや、僕と猛がかならず成し遂げる。
僕たちの青春時代が今日終わった。
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