第34話
10月某日プロ野球ドラフト会議が始まった。僕はご飯を食べながら真剣に見入る。今回のドラフトは昔とは違う。僕は呼ばれるのだ。大人の世界では何が起こるか分からないが。
一巡目の選択選手の名前が挙がる。横浜ドルフィンズから一位指名はこない。飯塚光太郎という高校野球の春夏優勝ピッチャーが十球団から指名される。157キロを超える速球を投げる18才の即戦力は、どのチームものどから手が出るほど欲しい人材。抽選で日本ハムファイヤーズが彼を引き当てる。外れ一位の中に僕らは含まれていない。
二巡目、三巡目とドラフトは進む。こうなると僕らが呼ばれるのは六巡目以降と予想できる。ドルフィンズのスカウト陣も安心しているだろう。ドラフト指名が下位にいくと画面上に選手の顔は出なくなる。名前、ポジション、出身だけが淡々と紹介される。
七巡目に選択終了というチームが増えてくる。ドルフィンズはまだ僕たちを選んではいない。内定は取っているとはいえ心臓が張り裂けそうになる。
「八巡目選択選手横浜ドルフィンズ 西海大学付属湘南高校 椎名猛」
アナウンスが会場に流れ僕は拳を握る。ドルフィンズのテーブル席では、外れ一位を取ったときより盛り上がっていた。もちろん9巡目に僕の名前が呼ばれた。
プロ野球選手にようやくなれた。
父がビールを吹き出し、母はテレビを見ながら誠と同姓同名だなんてとフフフと笑う。
「お母さん、ドルフィンズに選ばれたのは僕だよ」
「冗談言わないで洗い物手伝いなさい」
まあ、普通は信じないよね。家の電話とスマホが鳴り出す。同姓同名ですよという母の声が聞こえる。
ピンポーンと家のインターホンが鳴る。お迎えが来た。
「じゃあちょっとテレビ局まで行ってくる。そうそう10時の8チャンネルのニュース見ていてね」
さっそうと家を飛び出した。玄関先には黒塗りのハイヤーが止まっており、その中に猛が先に乗車していた。
* * *
桜テレビ報道スタジオは異様な雰囲気を醸し出していた。ドラフトで横浜ドルフィンズに選ばれた一人の選手がこの空気を作っている。普段なら毎日決まったスタッフと出演者が淡々とニュース番組を流しているスタジオに報道関係者が集まっていた。
女子初のプロ野球選手が誕生した。それを他のスポーツ記者をはじめ報道陣がほっておくはずがない。局内は他社のすべてのマスコミ陣にも解放した。ニュース番組が始まりトップでドルフィンズに指名された選手が一位から紹介されていく。
九位指名の僕が紹介されるとフラッシュがバシバシとたかれた。メインキャスターの土御門アナがこの場を仕切っている。
今の気持ちはどうですか? 無難な質問からはいる。僕はアイドルばりに
「夢にも思わなかったです。いや、今でも夢の中ではないかと!」
「夢ではないですよ。女性初のプロ野球選手が誕生したからここに立ってるんです」
彼のオーバーアクションに笑顔で返す。
CMが入り僕の履歴がボードで紹介される。心の中で一位指名の人ごめんなさい、僕は今金の卵を生むガチョウなんですよと心で謝罪する。これから同期になるが彼らと上手く付き合う絵が全く見えてこない。
各社報道関係の質問が始まる。その中で
「もし、椎名君とバッテリーを組んで夏の予選に出ていたら勝ったでしょうか?」
というビーンボール気味の質問が投げ込まれる。僕は少し間を置いて
「僕たちというより四軍が出ていたら神奈川優勝も狙えた」
力強く爆弾を打ち返す。
「それは湘南高校一軍より強いと取っていいのですか!」
「いやそうじゃなくて四軍が強いんです」
女子力200%の笑顔を使う。
「湘南高校は年に一回だけでチームの昇級が決まります。しかし、四軍の昇級試験にいくと上の監督コーチは現場からいなくなり、野球を知らない四軍コーチが形ばかりの昇級審査を続けて終わるんです。僕たちがドラフトで選ばれるくらい高校生の伸びしろって無限ですよね」
軽くディスル。
報道スタジオが一瞬凍る。記者からの質問はほとんど僕についての質問で番組時間一杯まで終始した。
「いや~今日は大変だったね」
桜テレビの社長が現れた。
「これからもよろしくお願いします」
僕はぺこりと頭を下げた。
「インタビューは可愛いことだけいえば完璧だったよ」
狸親父が言う。
「いや、大勢の人に突然囲まれたアウェーみたいなTV出演は初めてなので舞い上がっちゃいました」
テヘペロと狸同士の会話を交わす。
* * *
今日幸せ一杯になって布団に入って寝ているはずの僕は正座させられています。
「誠ッ! これはどういうこと」
名前を呼び捨てにするとき、母はかなりお冠な証拠。
「私はあなたがプロ野球選手に選ばれることを聞いていません!」
「だってお母さんに話したら誰かに漏らすよね」
それを聞いて父が笑う。
「貴方も正座ッ!」
ファールボールが父に当たる。時計の針が十二時を回ってようやく母の説教はおわった。
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