第33話


 二日後、僕たちは近くの神奈川ホテルに呼び出されることになった。


「どんな答えがくるか怖いよ」


 猛はぼそりと話す。


「はぁ~何言ってんの呼び出されたって事は入団内定よ」


 猛は目を丸くしてふへーと変な声を出す。


「ま、誠ちゃんそんな……う、嘘でだまされないぞ!」


「大人の世界はシビアなの、用もないのに高校生二人を地元のホテルまで呼び出して、自分たちの時間を割かないものよ」


 猛の嬉しそうな顔をみて昔飼っていた犬のチビを思い出す。


 大人達の悪巧みが始まった――


 ホテル内にある小さな会議室に入ると、伊佐山監督と数人のスカウトが椅子に座っていた。


 椅子にかけるように即され彼らの前に座る。開口一番監督から


「ドルフィンズに来期……入団してもらいたい」


 頭を下げられた。僕たちはただの高校野球選手、それがプロ野球で大活躍した監督に頭を下げられ、この場所にいてプロ野球選手になったことに現実感がわかない。


「ありがとうございます」


 下を向いて絞るような声でそう答えるだけだった。


「先日会った誠ちゃんはどこに行ったねぇ」


 監督は大人の威厳を見せる。


 僕は泣いている。


 涙が止まらない。


 猛がそっと僕の肩をつかむ。


 彼の手の暖かさを感じてまた大粒の涙が出た。


 僕が落ち着いたのを見計らって、スカウトの一人が感動後に話すには申し訳ないがといい、僕らとの契約条件を話し出す。まず猛の獲得条件としてドラフト二位指名同等の、契約金7000万円年俸1500万が提示された。そして、僕は契約金500万円年俸500万円


「あと、グッズの契約金が7%が今の限界です」


 どうやらドルフィンズの一番契約料の高い選手が僕らしい。


 グッズのインセンティブ契約を5%と踏んでいたので、わざとらしく顔をしかめながら提示された金額の紙を眺める。


 一応考えたふりをして二人は頭を下げる。


 会議室の雰囲気は和み


「プロ志望届はギリギリに出して欲しい」


 といわれた。僕は――――


「そちも悪よの~」


 と、返事してあげた。僕たちがドラフト会議で他球団に見初められる小さな綻びを潰すためだ。もちろん今日からドラフト会議まで、あの魔球を人前で絶対投げないことを約束した。


 普通ならこの入団話も家族に話を通すべきなのだが、美味しい商談を破断させたくない大人の事情に、僕たちは巻き込まれたもとい巻き込んだ。


 ホテルからの帰り猛はうわごとのように7000万7000万と呟いて


 僕が想像していたシナリオである


 誠ちゃんありがとう! いや僕こそ君がいなければここには立っていないよ! キラリーンの青春イベントはご破算になった。

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