第30話

 横浜スタジアムの球場内に入るのは数年ぶりのことだった。ユニホームに着替えると身体に電気が入ったように何かのスイッチが入る。


 照明に照らされた一塁側ブルペンで猛とキャッチボールをしながら、プロ野球の施設に圧倒されてしまう。


「いやぁ~君たちが私に会いたいと言っていた高校球児だねェ。若いねェ~ 」


 横浜ドルフィンズ現監督、伊佐山修司が僕の目の前に現れる。優しい口調だが目は笑っていない。当たり前の話だが名もない高校生がまだシーズン途中の監督に会うことなど普通は出来ないこと。


 監督の横にいるスカウトらしい人がスピードガンを構えている。


 会話もそこそこに僕たちに投げるように指示する。数球投げさせて記念受験で終わる気満々だ。


 『ビシッ』まずはど真ん中に直球を決めた。続けざま1.3、7、9と彼らに聞こえるようにストライクのコースにボールを投げさせる。三年間で築づき上げた魔球が気持ちよくコースに決まる。


 監督の表情をちらりと見る。監督が大声を上げて


「コーチとスカウト全員を呼んでこい! 球場入りしている選手も一人忘れるな」


 隣のスカウトが走り去る。


 5分ほど過ぎて数人のスカウトと、どこかで見たような身体のでかい中年男性がやってきた。ドルフィンズのセンターを守っている中谷選手だと気がつく。


 中谷幸平、31才右投げ、右打ち平均打率は二割九分。110打点ホームラン年間10本とドルフィンズの主軸選手。


 気怠そうにジャージ姿の彼が僕たちを見る。


『打ってみろ』監督が彼に指示を出す。


「こんなところで大丈夫なんっすか!?」


 室内ブルペンなので普通はバッターが球を打つことはない。


「どうなっても知らないっすよ」


 ヘルメットをかぶりながら彼は舌打ちをする。


 僕はミットを真ん中に構えて猛を信じる。


 『ズン』といつもの心地よいボールの感触がミットから伝わる。中谷選手はボールを見送った。


二球目――


 『ブン』という大きなスイング音が聞こえキャッチャーミットからパーンという心地よい音色がブルペンに響く。


 三球、四球続けて僕のミットから美しい響きを奏でる。


「う、ウソだろ……」


 中谷選手が呟き呆然とする。


「中谷ッこの事は誰にも話すな、もし話したら来期は全部二軍で永久に飼い殺しだねぇ」


 こちらをちらりと見て中谷選手はバットを放り投げ帰って行く。僕はどこの子供やねんと突っ込んでやろうと思ったがやめた。


「すまんが着替えて事務所まできてくれぇ」


 そういって監督、コーチとスカウト陣はブルペンから消えていく。


「ま、誠ちゃんこれはどういうこと」


 まだ遊び足りない子犬のような顔をして僕に話しかける。


「うーん、三年間の成果が出たって事かな」


 僕は満面な笑みを浮かべた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る