第29話
夏の高校野球が終わった。見ていたテレビを消して、ラインで猛をマックに呼び出した。
「いよいよ私たちの甲子園が開幕したのに来るのが遅いぞッ!」
僕はあざとく頬をぷくっと膨らませる。
「悪い悪い」
悪びれもせず頭を下げる彼。夏前には引退しているにも関わらず真っ黒に日焼けをしている。
明後日、港区お台場にある桜テレビ放送局に突撃する旨を伝える。この作戦はもう夏休み前に彼には話してはいた。僕たちは夏休み期間みっちりと河川敷のグランドで身体を作ってきた。後は賽を投げるだけ……。
光り輝く変な球体をくっつけた大きな建物お台場桜テレビ前に僕たちはやってきた。かっこよく受付に行くつもりが、どこにあるのか分からずうろうろする。普通のビルにして欲しいよねと心の中で毒づく。
さすがはテレビ局の受付嬢、凄い別嬪さんだ。隣の猛は何もしていないのに顔を真っ赤にしている。
「社長に会いに来ました」
受付のお姉さんに桜テレビ社長の名刺を見せる。
エッという顔を一瞬見せ隣の女性とひそひそと会話する。
「しばらくお待ちください」
僕たちに一礼し、受付に備えられている電話に手をかけ誰かと話をしている。数分後、職員らしき小太りの中年男性が現れる。
「初めまして私、広報の土田と申します」
深々と丁寧なお辞儀をする。
「すいませんがあなた様のお名前をお聞かせください」
僕と猛は名前を告げすかさず
「大宮社長に何かあったらいつでも相談にのるよと言われたので彼に会いに来ました」
値踏みする目で僕を見るので、彼の耳元でこしょこしょっと囁くと顔から汗を拭きだして
「大宮社長の部屋までご案内しますので、私について来てください」
僕たちを社長室まで連れて行ってくれた。
部屋に入ると高そうな椅子に、年老いた白髪の老人が座っていた。広報の土田が
「二人を連れて参りました」
椅子に座ったまま大宮社長は私たちを見て誰だという顔をする。土田はその顔をみて真っ青になる。僕は女子力1000%の顔を作る。
「すまんが誰だったかね?」
彼は申し訳なそうに話す。
「いやだな社長、毎年横浜スタジアムで会ってたじゃないですか♪」
彼の目をじっと見つめる。
「横浜スタジアム……」
しばらく考え込み
「ああ! あの女の子!!!」
彼は僕に駆け寄り手を握る。
「お久しぶりです
そういって笑顔を返す。
桜テレビが主催する全国小中学校野球大会で、僕は社長から毎回盾やトロフィーを手渡されていた。そのとき名刺も頂いていた。普通の子供ならこんな名刺など残ってはいないだろう。しかし、元サラリーマンの僕がこんなお宝を捨てるはずはなかった。毎年、女の子が男子に混じって優勝しているのを忘れるはずはない。しかもキー局である桜テレビのニュースや情報番組で、小さなコーナーながら天才少女として何回もゲスト出演している。テレビの出演回数は指の数より多かった。
大宮社長はおどけた声で
「天才少女さんがどうして私に会いに来たのかね」
目は笑っていない。それはそうだ、天下の桜テレビの社長がアポなしの女子高生と会うなど普通はあり得ない。
「横浜ドルフィンズの監督に会わせてください」
ど真ん中の剛速球を仕掛ける。キョトンという顔をして
「私にどんな利益があるのかね?」
急にドスのきいた声に替わる。
「うーん、困ったことがあったらいつでも会いに来てと名刺を頂いたから」
僕はさきほどの2倍の笑顔で返す。
彼は大きな声で笑い出しスマホでアポを取る。二人の高校生が明日横浜球場に来るから少しだけ会ってやれという指示が聞こえた。
「今度はいつ遊びに来てくれるのかね」
返辞はせずにウインクを投げてあげた。
帰りの小田急線に乗りながら
「広報に耳元で何を囁いたの?」
「社長との関係がマスコミにばれたら、どんなことになるか分かるよねと教えてあげたの」
俺は完全にどん引きしながら
「よくそんな虚言で社長に会えたものだ!」
苦笑いしながら首を左右に振った。
「いやいや作戦はいっぱいあったのよ、ただ民度の低い社員が最初の矢で命中しただけ」
しれっとした顔をして答えが返ってきた。
横浜ドルフィンズの運営母体は桜テレビグループ。甲子園にも出ていない四軍部員のピッチングなどスカウトが見ているはずがない。そこにビーンボールをぶつけてこじ開けるという強引な作戦。普通の高校生なら考えついても実現などとうてい出来ないであろう。誠は違う、こんなアンビリーバルなことを一日でやり遂げた。いや、彼女はこの計画を俺と会ったときには考えていたのだと思うと心にストンときた。
「びびってる」
彼女は挑発する。びびってねーしと返そうとしたが、さらに遊ばれるのが目に見えたので無視してやった。
顔を近づけてニヤニヤする彼女に、チョップを食らわしてやろうと思ったが手が動かない。そんなへたれな自分を呪う。
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