第14話

 天才とはいるものだ。初めて彼女にキャッチングを教えてちょうだいと言われたときはドキドキした。簡単な技術を一伝えれば本当に教えたかった十を学び取った。


 数週間で俺の持っているすべてを搾り取られた気がする。これが女性だとしてもプレイヤーとして笑えないことだが、教えるたびに男女間の格差が浮き彫りになり俺の嫉妬心がふくらむことはなかった。


 彼女の身体にボールがめり込んだことは一生忘れられないだろう。当たった瞬間俺は二度と打席にたてないと思ったほどだ。しかし彼女は俺に向けて――


「わかっていたら大したことないんだよね!」


 痛い顔を一つも見せずに笑顔で話しかけてきた。俺は心の中で冗談ではないと憤慨した。そして彼女が言い放つ


「これだけのこと」


 脳みそにかかった霞がとれた気がした。今まで俺は何に怯えていたのだ。大好きな野球が出来ない事に比べたらこんな小さな白球なんて石ころのような物だ。しかも最後に見せたあの姿は完全に悪女だ。


 俺は思い出した。小学校全国野球大会で投げていた女投手のことを。九州のドカベンといわれていた俺が一人の少女を毎年打ち崩せず飛行機の中で泣いていたことを。湘南高校に入学して全く気がつかなかった。彼女は何年この世界で戦ってきたのだろうか……。


 ああ……野球ってこんなに楽しいものだったんだ。どうしてこんな簡単なことに気がつかず縮みあがっていたのだろうか。


 職員室で監督に


「先生治りました!」


 と、いうと今日から第一グランドに来いとそっけなく言われた。


 彼女にはお別れは告げていない、なぜなら球友という絆でつながっているのだから。

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