忠誠

 あぁ……桜子様ーー。

 ニュースで指名手配されていることを知りました。そこで、悟ったのです。三野村杏奈が警察に私のことを話したのだと。つまり、それは彼女の記憶が戻ったということ。

 非常に残念でありました。昔のトラウマをえぐることで、記憶を消し去るほどに追い詰めたというのに、彼女はふたたび目覚めてしまった。

 三野村杏奈にも、過去を振り返るそれなりの勇気が備わっていた、ということでしょうか。理由はなんにせよ、彼女は記憶を取り戻してしまった。

 ーー永遠とわに過去の遺物に囚われ、卑屈で傲慢な生き方をすればいいものを。

 結局、私が通り魔の正体であることがおおやけになってしまった。警察に捕まるのは、時間の問題でしょう。やはり殺しておけばよかった、などど後悔する醜いわたくしめを、桜子様どうかお許しくださいませ。

 あぁ、私はどうすればいいのでしょう。

 三野村杏奈の苦悩に満ちた顔を、拝めなくなった。桜子様のために、彼女を不幸にしたのにーー。

 ……桜子様の……ため……。…………そうか。

 岡田ユウを殺せばいいじゃないか。そうすれば、彼を桜子様のもとへ。

 あぁ、そうだった。なぜ……今ごろ気づいたのか。初めからそうすればよかった。

 なんという素晴らしい策。今は亡き桜子様。わたくしめは、貴方のために、岡田ユウを殺して差し上げます。そうすれば、貴方は寂しくないでしょう。あの世で、貴方と再会できたなら、どうか私に感謝していただけますか。貴方から感謝されることが、私にとって、最高の褒美であります。

 どうか桜子様。死してもなお、わたくしめを見守りくださいませ。すべては、桜子様のために。見返りは決して求めません。ただ、わたくしは貴方から愛されたいのです。貴方のためにーー桜子様ーー。


 外で身を潜める。トレーニングジムから出てきた。岡田ユウのすがた。こちらへ向かって歩いてくる。こちらへ……ーー。

 私はフードをかぶりなおすと、足を踏み出した。距離が縮まっていく。すれ違いざま、声をかけた。

「あの、すみません」

 岡田ユウがこっちを見た。警戒する一歩手前、そんな表情。

「……なにか?」

「これ、あげます」

 私は、彼のみぞおちに押し込んだ。

「ぇ……っ」

 理解できないままの岡田ユウ。音もなく裂いていく。ググッと力を込めて。皮膚を、肉を、横隔膜を、断ちませう。

「……ァ……ッ」

 戸惑いの声は、岡田ユウのもの。顔を上げ、私は彼に微笑みかける。それはもう、満面の笑みで。

「研ぎたてのナイフのお味はいかが?」

「……っ、ぉ、まえ……は、……さ、くらこ、の……ッ」

「そのとおり。私は桜子様に、お仕えする身。もう彼女は死んでしまったけれどもね」

 岡田ユウの表情が無から苦へ歪んでいく。そして、彼の口から飛び出した鮮血。お逝きなさい。

「……っ、ゴ……ボ……、ァ……」

 溢れる溢れるそれはそれはたくさんの血。みぞおちに突き刺した、私のサバイバルナイフ。グクっとさらにさらに突き上げると、岡田ユウの身体はビクビクと痙攣した。

「っ、ァ、……グ……、」

 突き立てられたナイフを、力なく見つめる視線。

 あぁ、その顔……その目……なんて……美々しいのだ。見事なまでのその苦悩な表情……ーー。

 ……すごい……ァァ、堪らないよ、岡田ユウ!!

 私は、握りしめるナイフを、さらに突き上げた。

「……ァ、…………っ」

 バチャ……チャ……ッ。

 すごい血……すごいすごい……たくさんの赤! 最高だ……。その顔!! すごいよ!!! ……こんなに…………うれしいなんて。

「っ、……ぐ……っ、…ァ、」

 その悲痛な顔が、堪らなくそそるよ。うん。私は、込み上げる喜びを我慢などしなかった。ナイフを突き立てたまま、岡田ユウを抱きしめた。背中に貫通したナイフの先に触れてみる。ヌルリとした彼の血に触れて、ゾクゾクした。ガクガクと岡田ユウの足が揺れる。

「さぁさぁ、はやくお逝きなさい。桜子様があの世で待っているよっ」

「……っ、がは……ッ」

「ありがとう。ありがとう……岡田ユウ。きみのおかげで、……こんなに気持ちいい想いができた。最高だよ……ッあははははははハハハハハっっっ!!」

「ッ……ぁ……、」

 崩れ落ちていく岡田ユウ。

 最高だ!! 腰が抜けそうなほどに!! あぁ、こんなことなら、どこかに連れ込んで殺すんだった。そしたら、ジワジワとなぶりながら……殺れたのに……はあぁぁ……。……あぁ、私のほうが……イッしまいそうだ!!

「ハハハハハ!!」

 桜子さまぁ、岡田ユウをさしあげます。

 スキップまじりで、帰路めざす。

「さいっこうの気分!!!!」

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