トラウマ
あの夜に、さかのぼる。頭を強く殴られて倒れた私。あっという間に広がる血だまり。
あぁ、……私……死ぬ。
霞む意識の中、使用人が耳もとで囁いた。
「桜子様が昨日死んだよ。寝衣で首を吊ってさ……死んだ」
信じられなかった。
「死……んだ……? う、そ……どうして……」
使用人は唸るように話しつづけた。
「桜子様は、それほどあの男を……岡田ユウを愛していた。桜子様は十五年間、あの男を想いつづけた。それなのに……三野村杏奈、おまえが奪った」
「そんな……」
「この辛さが理解できるか? その胸の痛みがわかるか? いけしゃあしゃあと、生活するおまえには、わかるまい。三野村杏奈。おまえが、桜子様を殺したんだ」
そして、私に言った。
ーーこの、人殺し。
……人殺し。
その言葉が胸に突き刺さる。過去の記憶をエグル。人殺し。そのコトバは、私を壊す。
イヤだ。やめてよ。そのコトバ……嫌い。
「わ……たし……」
使用人が私の頬に触れる。そして、やさしくやさしく撫でた。
「知っているよ。三野村杏奈。きみの両親が死んだ理由」
その声はあまりに穏やかだ。
「遊園地に行った帰り、きみは駐車場まで走った。きみの両親はあわててきみをおいかけた。そこへトラックがーー」
「やめ、……て」
「きみは一度ならず二度までも、人を殺したんだよ」
「ちがう……ちが、……」
「そんな人間が幸せになっていいと思うかい? ……ダメに決まっているだろ? いいかい、三野村杏奈。きみは正真正銘、人殺しだよ。法で罰することはできないけれど、これは隠しようもない事実なんだ」
「あ……ぁ……」
「ちゃんとわかってくれて、うれしいよ」
「いや……ち、がぅ……わた、しは、……」
「さて、私はもう行く。さようなら。三野村杏奈。永遠に、お眠りーー……」
ぁ……ァ、……私は……人殺し……なんかじゃ、……。
高校卒業して、すぐ叔母と叔父の家を出て、今の会社に入って……そして、ユウに出会った。
彼は最初、私を監禁した。それでもすぐ自由にしてくれた。大切にしてくれた……色々あった。ようやく……幸せをつかもうとした。あの悲しい過去を忘れてやり直そうと思っていた。
掘り返された。私のせいで……両親は死んだ。私が……殺したも同然。桜子が自殺したのも……私のせい……。
人殺しじゃない? ううん。人殺し同然。ワタシ、人殺し。あぁ、私幸せになっちゃダメなんだ……。人殺しの私なんかがユウと…………。あぁ、もうダメだ。マトモじゃいられない。このまま、壊れちゃうーー。
私は記憶をしまいこんだ。無意識に自分を守ろうとした。
おはよう、杏奈。思い出してよかったね。けど、やっぱりきれいごとじゃダメなんだ。
ーー……私……。
私はすぐ警察に連絡した。記憶が蘇ったこと、そして通り魔の正体がわかったことを伝えた。桜子の使用人は、指名手配され、即座に捜索開始となった。あとは、時間の問題。
あとは、ユウに……桜子が死んだこと……私が……殺したも同然だってこと……伝えなきゃ……ーー
どうか、私に勇気をください。けど、そんな勇気は必要ないと知る。
数時間後、病院から連絡が入った。
「すぐに病院へ来てください」
差し迫った声が、頭の中にこだましていた。
ユウが、何者かに刺された。重症だと知らされた。
あぁ、神様は、無慈悲だ。
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