暮れなずむ町の、

 もしほんとうの私を知ってもあなたは私を愛してくれますか。

「おまえなど、いなければいいのに」

 幼いころ、よく言われた言葉だ。

 私は五歳のころ、父と母を事故で亡くした。親なしの私を引き取ったのは、叔父と叔母だった。もともと父と母をよく思っていなかった彼らは、私のことが嫌いだった。

「部屋から出てくるな」

「顔も見たくない。おまえなど、いなければいいのに」

 毎日、言葉の暴力をうけた。ぶたれることもあった。アザができないように、叔父と叔母はそればかり気にしていた。

 ある時、私が友だちをケガさせたせいで、学校に叔父と叔母が呼ばれた。彼らは、私のためになんども頭を下げた。その日、家に帰ってから動けなくなるまで、なぐられた。そして、最後に叔母が吐き捨てた。

「あんたが、あんな馬鹿なことしなければ、あんたの親が死ぬことはなかった。あんたが殺したのよ。わかってる?」

 ーーこの、人殺し。

 両親が死んだのは、私のせいだ。出かけた先で私は、はしゃいでいた。夢中になって走っていた。両親が慌てて追いかけた。彼らは、トラックに轢かれて死んだ。私が、周りをよく見ていれば両親が死ぬことはなかった。私は、人殺しだ。叔母の言うとおり、私は人殺しーー。


 星がポツポツと出てきた。空は藍色に変わりつつある。遠くに見える山の上部を眺めた。そこだけは、ピンク色と水色をマーブリングしたような淡い空がのこっていた。けれどそれも、まばたきするごとに、藍色へ移行していく。

 しばらく息をしたあと、視線を近くへ戻した。こっちへ向かってくる影。その影が、私を見つけた。一度立ち止まり、そしてかけてくる。

「杏奈先輩っ」

 そう言って、私のもとへやってきた。そんな彼に、笑いかけた。

「こんばんは。浩太くん」

 知ろうと思った。私のなくなった記憶すべて。知るためには、浩太くんがいちばんいいと思った。

 うす暗い道を、並んで歩いた。浩太くんが、ニコニコしながら言った。

「どうしたんすか? あんなところで待ち伏せして」

「あぁ、うん。ちょっとね」

「なんすか!? 今日の杏奈先輩、ちょっと大人っぽいっていうか……こわいっすよ?」

「…………」

「あ、もしかして、こないだお見合いの件、しゃべったの怒ってます? あ、あれはおどされて、仕方なく」

「浩太くん、知ってるんでしょ?」

「え、なんの話っすか?」

「私が、入院中パニックになったこと」

 瞬間、浩太くんが動きを止めた。まばたきすることも忘れるほど、緊張しているのがわかる。

 いつも無邪気な浩太くん。素直でうそが下手で、だれとでも分け隔てなく接することができて、いつも笑顔の彼。そんな浩太くんの顔が、貼りつけたような笑顔で染まる。

「お、俺は、……なにも」

「浩太くん」

 私は、トーンを下げた。

「え」

 ピクっと震える浩太くんの肩。私は語りかけるように、柔らかい口調で言った。

「ーーだいじょうぶ。私、だいじょうぶだから」

「……杏奈、先輩」

「お願い。知ってること教えて」

 自分がパニックになったときの記憶。それはほんのわずかだけど、のこっている。けれど、なぜそうなったのかわからないし、どういう状況かもボンヤリとしか覚えていなかった。ただ叫んだり暴れたりした気がする。そして、そこに浩太くんの姿もあった。

 なぜこんなに懐かしいと感じるのかなぜこんなに胸がしめつけられるのか不思議だった

 私、岡田さんをきっと知っている。ずっとずっと前からーー。

 なぜこんなに懐かしいと感じるのかなぜこんなに胸がしめつけられるのか不思議だった。

 私、岡田さんをきっと知っている。ずっと前から。それでも、忘れてしまった。とても大切な人のことを。

 空白の時間に彼と、もしくは彼をとりまく環境の中で、なにがあったのかーー知るのはこわい。

 知らないままのほうが、幸せなのかもしれない。それでも、思い出したい。

 私岡田さんが好きだ。もっと彼と関わっていくためには、自分自身を受け入れなければいけない。そうしないと前に進めない気がする。

 どんな事実が待ち受けているとしても思い出したい。自分で消してしまった記憶すべて。もう一度思い出して、今度はちゃんと受け止める。そして、今度こそあなたとーー。

 浩太くんは、終始うつむいていた。すべて話してくれたあとも、彼は顔を上げなかった。私は、ありがとう、と言ってその場からしずかに離れた。家に帰ると、DVDをみた。ずっとこわくてみれなかった、身に覚えのないDVD。そこには、私の恋人が女の人に無理やり抱かれるすがた、そして、使用人のすがたが写っていた。

 使用人ーー……彼が私をおそった。

 あの夜のこと。ユウにのこと。すべてすべて思イ出シタ。

 通り魔事件から、四ヶ月。私は記憶を取り戻した。

 おかえり杏奈。うれしい? ……わからない。だって……思い出しちゃった……。

 私が記憶を消してしまった理由。私が記憶を消し去りたいと思った理由。

 それは、……使用人が私に……言ったから。あのコトバをーー。

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