うやむや

 朝、起きると隣に杏奈がいた。心臓が止まりそうだった。まさか昨日、杏奈を襲ってしまったのだろうか。

 けれど、そういう信憑性の低い疑惑はすぐに消えた。僕は、ちゃんと服を着ていた。さらに、杏奈も服を着ていた。

 そして、彼女はスヤスヤと穏やかな顔で気持ちよさそうに眠っている。

 襲われたあとで、こんな顔はできないだろう。そもそもいっしょに眠ったりしないだろう。

 心に立ったひとつの波紋は消えた。けれど、ならばなぜ杏奈が隣で寝ているのか。謎は深まるばかりだった。

 僕は、杏奈が起きるのを待った。と言うか、起きるまで彼女の寝顔を愛でた。相変わらず美人だった。

 ……しあわせそうな顔だ。

 しばらくして杏奈が、起きた。僕の顔を見るやいなや、彼女は顔を真っ赤にした。一体どうしたのだろう。

「杏奈ちゃん、どうしたの?」

「ど、どうしたのって……昨日……ぇ、と」

「昨日?」

「…………。岡田さん……もしかして……昨日のこと」

「ごめん。酔ってて覚えてないんだ」

 昨日、ワインを二本飲んだ(気がする)。気づいたら、ベッドで寝ていた。

 

 そう言った補足事項を説明した。彼女は頭を抱えた。

「嘘だよね?」

「嘘じゃないよ」

 ほんとうだった。昨日のことをぜんぜん思い出せなかった。結局、杏奈は僕がなにをしたのか言ってくれなかった。

 支度を済ませたあと彼女を職場へ送り届けた。杏奈はうれしそうな顔で、僕に手を振った。

 あれ、なんか妙に明るいような……まぁいいか。

 僕も手を振ると、車を発進させた。

 ……昨日、僕は杏奈になにかしたっけ? もしかして、酔った勢いで杏奈にキスしたとか?

 そうだとしたら、さぞ軽いやつだと思われただろう。けれど、それは間違いだ。僕はいつだって杏奈一筋だった。彼女のためなら、見返りを求めない。なんだってできる。これまでも、そしてこれからもそうだ。

 以前の僕は、杏奈を支配したいという欲念にとらわれていた。常に目の届くところへ置いておきたい。ただもう自分のものにしたい。壊れるほどに愛したい。そう思っていた。けれど、杏奈が僕を好きになってくれて少しだけ変わった。

 監禁。それは愛するがゆえの過ちだったと知った。彼女の意思を尊重すること。自分の気持ちを押し付けないこと。傷つけないこと。大切に想うからこそ、すべてを受け止めたい。とはいえ昨日、自分のしたことには自信が持てない。

 でも、杏奈怒ってないみたいだし……まぁ良しとしよう。あ、そういや。寝室に落ちてた紐……なんに使ったんだっけ?

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