暗黒

 家に帰ってから、なにもする気になれなかった。ぼんやりとソファーに腰掛けていた。

 ジムで、浩太から衝撃の事実を知ってしまった。杏奈がお見合いをする。信じられなかった。……ショックだった。

 杏奈は、美人だ。相手は必ず彼女のことを気にいるだろう。どうにかして好かれようと、必死で頑張るに違いない。プレゼントをあげるかもしれない。優しい言葉で彼女に好かれようとするかもしれない。

 杏奈は……それを……受け入れるかもしれない。

 僕はなにもできない。僕は、杏奈にとってただの知り合い。なにも、言えない。最悪の結果を、見届けるしかできない。

 ……あぁ、なんてことだ。

「恋人の僕が、引き止められないなんて……情けないな」

 頭に手を持っていくと、見上げるようにしてククッと笑った。ふと、そばにあるワインセラーを見た。

「…………。ワイン……杏奈と……よく飲んだな」

 ここずっとお酒は飲んでいない。飲む気にもなれなかった。

「…………今日くらいは……」

 僕はゆっくりと立ち上がると、ワインセラーに手を伸ばした。


 流し込むように飲んだ。味なんて、どうでもよかった。飲まずにはいられなかった。ぜんぜん酔えない。二本目をあけると、グラスへ乱暴に注いだ。それを、グイッと口に持っていった。

 やり場のない視線。空になったワインボトル。ほとんど使われなくなった向かい側の椅子。

 いつかは、思い出すかもしれない。その期待だけを糧にしていた。けれど、それすらも失ってしまいそうだ。

 僕は、ひとり置き去りか?

 これまでのこと、これからのことを考えると、たまらなく苦しかった。杏奈がほかの男にとられてしまうかもしれない。僕は杏奈に捨てられる。

 もう終わりだ……。

 せっかくここまで、頑張ってきたのに、こんなに我慢してきたのにほかの男にとられてしまう。こんなことなら、無理やりでも家に連れ込んで、監禁しとけばよかった。嫌がっても、パニックを起こしてもいい。杏奈が、僕のものになるならそれでいい。

 あぁ、……杏奈に触れたい。

 僕は、携帯を手に取った。数回の呼び出し音で杏奈は出た。

「もしもし、岡田さん?」

「杏奈ちゃん、すぐ来て」

「え……」

「いますぐ……来てほしいんだ」

 あんなに、好きと言ってくれていたのに急に記憶がなくなってこれまでつちかったものを全部ゼロにして、忘れたからあなたも忘れてと。

 そんなこと、都合良すぎないか?

 こっちだって、人生があるんだ。勝手すぎる。

 もう…………、…………いいーー。手に入らないならば傷つけても構わない。……そう、おもわないか? 杏奈。

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