違和感ー2

「え……ぁ、れ? わ、私、何言ってるんだろう。あはは、ごめんなさい。つ、つきあたりを、右に行って、そ、それから」

「あ、うん。それから、すこし進んだ先にある左のドアがトイレだよ」

「わかりました」

 つきあたりを右にいって、……あとは、すこし進んだ先のーー。

 岡田さん教えてくれたとおりに進むと、トイレはあった。けれど言われなくても、ここに行くつもりだった。

 ……なんで私……この家の構造……知ってるんだろう。

 不気味に思いながらも、トイレを出た。ふたたび廊下を出てリビングへ向かう。

 と、ふと、足を止めた。なんてのことない部屋のドア。その中が気になる。無性に開けたい。ドアに手をかけた。

 ガチ……。

 鍵がかかっている。肩を落とした。なにやってんだろう、と思う。でも、気にかかる。

 今度は、地下につづく階段を見た。なぜかどうしても、そこに行きたい。そこに行かなければという衝動。

 私は、階段をおりていった。暗いのに、迷わない。ドアはあいた。手探りで電気を付けた。

 真っ暗な部屋の中に明かりが灯る。地下室なので、窓はもちろんない。真っ白な壁には電気のスイッチが一つだけ。地面に転がるデジタル式の時計。そして、簡易的なベッドーー。

 このベッド……私……前……ーー。

 ズキンと頭痛がした。

 ……なんで、私この部屋を知っているの……? こわい……こわい。私……どう、して……。

「杏奈ちゃん」

 振り返ると、岡田さんが立っていた。

「あ……」

「どうしたの?」

「え、ぁ、いや……」

「リビングわからなくなっちゃった? って、さすがに地下はないよ、杏奈ちゃん」

 クスクスと笑う彼に、私も笑顔を作ってみせた。

「そ、そうですよねっ、私……どうしちゃったのかな。この家に来て、なんだかへんなんです」

「へん?」

「なんでだろう。私……この家を知ってる……気がするんです」

「え」

「ごめんなさい。こんなこと言って……コーヒー冷めちゃいますね」

 私はその場をあとにした。コーヒーをおかわりして、それからすこし話してアパートへ送ってもらった。

 自炊して、すこし休憩したあとシャワーを浴びた。テレビでも観ようかなとリモコンに手をかけた。けれど、やめた。電気を消して、ベッドへ入る。疲れているはずなのに眠れない。

 帰りぎわ、岡田さんから抱きしめられた。私は、わけがわからず動けなかった。ただ、黙って抱擁する岡田さん。意味がわからない。

 彼のことは、知らない。事件のあと出会って、それから、知った。

 目覚めたとき、一度だけ、彼は私のことを杏奈と呼んだ。今はちゃん付けだけど。嫌じゃなかった。

 でも、不思議だ。どうしてこんなに関わってくるのだろう。浩太くんの職場の先輩ってだけなのに。

 そもそもどうして私は、浩太くんと仲がいいんだっけ? それすらも、思い出せない。

 へんだ。なにか、へんだ。ここよりも、なぜあの家のほうが落ち着くのだろう。どうして懐かしいと思ってしまうのだろう。

 キッチンの棚にあったペアのマグカップ。白と淡いブルーのシンプルなもの。あれはなんだろう。なぜ、あれを見て泣きそうになったんだろう。

 なにか、ヘンダーー。私、なにかを忘れている。そんな気がして、ならない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る