違和感ー1

 ジムへ見学に言った日から一週間後、岡田さんの家へ行くこととなった。彼は迎えにいくと言ってくれたけれど遠慮した。恋人でもないのに申し訳ないと思った。

 携帯のナビを頼りに駅から歩く。もう着きそうだというとき、ふとひとつの家が目に止まった。

 一際大きな白い家。岡田さんの自宅から斜め向かいにある。なぜか気になって立ち止まった。

 立派な家だけど、どこか殺風景に見えるのは人の気配がしないせいだろうか。庭の手入れは行き届いているようだけれど、家の中は見えない。すべてカーテンを閉め切っていた。

 ……だれも住んでいないのかな。

 そこまで考えたところで、要らぬ心配だと気づく。

「って、なに考えてんだろ。人の家のことなんて気にする必要ないのに」

 バッグを肩にかけ直すと、向き直った。

 岡田さんが家で待っている。エスプレッソマシンで淹れたコーヒーが楽しみだ。インターホンを鳴らすと、すぐに彼が出てきた。

「いらっしゃい。迷わなかった?」

「はい。ナビのおかげで」

「そう。さ、入って」

「おじゃまします」

「どうぞ」

 玄関に入ると懐かしいにおいがした。よくわからないけれど、そんなにおいがした。

「玄関広いですね。吹き抜けもあるし」

「そうかな。普通だよ。リビングでくつろいでて。コーヒー淹れるから」

「はい」

 岡田さんの家はそれは立派だった。おしゃれなインテリアに、シックな壁紙。すごく綺麗だ、と思いつつ白いソファーに腰かけた。フカフカのソファー。

 あれ、なんだろう。すごい落ち着く。

 横になりたい気分。ちょっとだけならいいか。

 私は、ソファーにゴロンと横へなった。フワリと包み込まれるような感覚。なぜか懐かしい。

 ……あ、いい。すごく落ち着く。家のソファーより、断然落ち着く。

 これは、いい。なんだかとてもいい。ずっと横になっていたい気分だ。

 なんでかな。ホッとする。目を閉じたらこのまま眠れる。あー、幸せ。

「……杏奈ちゃん?」

 いつのまにか、岡田さんがいた。恥ずかしいところを見られた。ゆっくりと起き上がる。

「ごめんなさい。つい」

「ついって……眠かったの?」

「いえ、そう言うわけじゃないんですけど。なんとなく横になりたくなってしまって。ごめんなさい」

「あはは、なにそれ」

 それから、テーブルに向かい合うようにして座ると、コーヒーを飲んだ。彼の淹れてくれたコーヒーは、香ばしくてとてもおいしかった。

「岡田さん、この家にひとりで住んでるんですか?」

 なんとなく訊いてみた。

「うん。独り身だし、お金使うところもないしね」

「ご両親は近くに?」

「親はいないんだ」

「す、すみません」

 慌てて謝った。けれど、岡田さんの表情は穏やかなままだ。

「いいよ。隠してるわけでもないし。僕の家は母子家庭だったんだ。でも、早くに母を亡くして……引き取り手もなかったから孤児院で……でも、寂しくはなかったかな。母がいたときも、ひとりの時間が多かったし……勉強も嫌いじゃなかった。本も好きだったな。周りの協力もあって、なんとか大学にも行けたし。バイト結構したけどね」

 彼は、淡々と話してくれた。私は、黙って聞いていた。きっといろいろな苦労があったに違いない。それなのに、そのつらさを見せない岡田さんはすごいと思った。したたかな彼の姿が、ひどく格好よかった。

「すごいなぁ。私なんて、いつもぼうっとしてるから、……頭も良くないし」

「僕だって、そんなに頭良くないよ」

「きっと良いのでしょう?」

「なに言ってるのかな?」

 ほんと、私……なに言ってるんだろ。

 私はごまかすために、べつの話題を切りだした。

「岡田さんは、彼女とかいないんですか」

 一瞬、彼の顔に影がかかった気がした。ギクリとした。しばらくして、岡田さんは呟くように言った。

「……今はいない、かな」

 まずいこと言ってしまったと後悔した。

「ご、ごめんなさい。へんなこと訊いて」

 けれど、岡田さんはすぐに笑ってくれた。

「ううん。ぜんぜん気にしてないからだいじょうぶだよ。あ、コーヒー、おかわりいる?」

「はい」

「淹れてくるよ」

 岡田さんが立ち上がる。

 ーートイレ行っとこうかな。

 私も、腰をあげた。

「岡田さん、お手洗い借りてもいいですか?」

「うん。つきたあたりを右にいって、それから」

「あぁ、だいじょうぶです。知ってますから」

「え?」

 岡田さんの動きが止まった。ハッとして口に手をあてた。

 あ、……私今ーー。

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