宿命ー2

 レストランを出てすぐ、ユウが言った。

「ねぇ、ホテル……行かない?」

「え?」

「たまには違う場所もいいかなって」

 わずかに紅潮したユウの頬。それを見て、口に弧を描いた。

「……うん。いいね」

 レストランの目の前にあるクリスタルビル。夜景が見える部屋で、私たちはエッチをした。

「ぁ……」

「杏奈……すごく綺麗だよ」

「……ん」

「ねぇ……結婚したら、杏奈は子どもほしい?」

 そう訊かれて私は、すこし考えた。

 子どもか……考えたことなかったな。ユウの子。ーーすごく可愛いんだろうな。ユウみたいに、屈託のない顔で笑うんだろうな。

 私はユウの首を手を回した。そして、自分から唇を重ねる。

「杏奈?」

「ほしい……私、ユウの子どもがほしい」

 笑ってみせた。ありがとう、と言うユウの顔は、すごく嬉しそうだった。

「ユウ……」

 身体から伝わる熱。押し寄せる昂ぶり。砕けるような感覚と快感に思わずうわずった声が漏れる。私の腰を掴み、規則的に強く引き寄せる手。

「……ぁ」

 揺らされる熱の灯った身体。熱くて溶けてしまいそうだ。

「気持ち良さそうな顔。もっと声出して」

 ユウが触れる。電流が走ったような感覚に身体を反らせた。

「あ……ッ」

 神経を掴まれたような感覚に呻く。快楽に引きづりこまれ、かろうじて保っていた理性が飛んでいく。

 すごく……気持ちいい。

 ユウの愛に包み込まれて酔いしれた。愛で満たされたエッチ。心も身体も奪われて、私はこれ以上ない満足感を得た。

 これからは心置きなく結婚の話ができる。子どもの話だって、ユウのほうからしてくれた。歩んでいく未来は光でいっぱい。

 あぁ、私、こんなにしあわせでいいのかなーー。


 いっぱい愛し合ったあと、夜のうちにホテルを出た。

「僕の家に泊まればいいのに」

 ユウはそう言ってくれたけど断った。

「そうしたいけど、明日持っていかないといけない書類がアパートにあるんだもん」

「そっか。じゃあタクシー呼んであげる」

「えぇ、アパートすぐそこだよ」

「でも」

「それに……ひとりで歩きたい気分なの。今すごく気持ちが高揚してるから……」

 ユウは心配そうな顔をしながら私を送りだした。

 心配性なんだから。でもそんなところも好き。

 困ったような笑顔に、私は手を振った。ぷかぷかと浮いた気持ちのまま、夜の住宅街を歩いて帰った。

 ユウからプロポーズされた。そして、婚約指輪までーー

 明日……だれに報告しよう。

 そんなことを考えていた。アパートに着くまで、あと数十メートルという距離。

「こんばんは」

 後ろから声をかけられた。聞き覚えのある声だった。振り返ろうとした。けれど、叶わなかった。

 ものすごい衝撃を頭部に受けた。脳みそが潰れたような音がした。崩れ落ちていく自分の身体。感覚はない。モヤのかかる視界に入った私をみおろす影。

「桜子様……ようやくこの手で、復讐をーー」

 喜びで打ち震えるような声。それは、いつかの使用人のもの。視界から消えていく影。身体が動かない。

 この血だまりは、私のもの?

 あれ……私、なんで。転がっているバッグ……。……ぁ……指輪……。大切に……。ユウから……もらった……。あれ……。

 …………ユウ? ユウって……ダレダッケ……? ……あぁ、だめだ……頭が……ぼうっとする。

 薄れゆく意識。まぶたがオモリのように重たい。私は惜しむように目を閉じた。

 意識が途切れる直前、一瞬だけ頭の中によぎった。それは、無邪気に笑う男の人のすがた。とてもきれいな人だった。

 けれど、その人がだれなのか、私には思い出せなかった。もう思い出せない。あなたは、ダレ?

 おやすみなさい。私の中にある記憶。壊れないようにゆっくりお眠り。

 行き場のない愛は、漆黒の闇に埋もれていきそしてやがて塵ちりとなった。

 どうかこの悲しみに飲み込まれないようにーー。


 ーー……。

 目が覚めた。

 あれ……ここ病院?

「杏奈」

 声のほうを見た。藍色の瞳をしたとてもきれいな人が、私を見つめていた。

「だれ?」

 そう言うと、彼は泣いているような顔で笑った。

「僕は、……岡田ユウ」

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