欠落


 公園で待っているとやってきた。赤いランドセルを背負っている。通りすぎるのを待って、それから追いかけた。

 きれいな夕焼け空だった。金を塗りこめたような赤が、そこにあるものすべて染め上げる。

 遠くに見える山の端にもたれかかる夕日が、蜃気楼のように揺らいでいた。それは赤というよりも、光そのものだった。

 すこし前をいく影を追いかけた。深みのある朱に染まる景色のなか、その影だけが黒い塊に見えた。

「あの」

「はい?」

 すこし前を行く影がピタリと止まる。自分よりもすこし小さな影。

 わずかな沈黙。

 最近引っ越してきたらしい。見慣れない顔だから気になった。

 だれにでも、と言うことはない。それは、きみだから。

「ハンカチ、落としたよ」

「え?」

 手に持っているものを見せた。 キョトンとする目が、ハッとしたように見開かれる。

「あっ、私落としちゃったんだ」

「うん」

「ありがとうございます」

「どういたしまして。最近引っ越して来たの?」

「はい。三野村杏奈って言います。五年生です」

 うん、知ってる。

「僕は、六年」

「そうですか」

 そして、きみはかけていった。


 十五年も前のことだ。きみはおぼえていないだろう。言うつもりもないけど。

「ユウ、そんなところでなにしてるの?」

 杏奈が部屋へやってきた。

「んーなにもしてないよー」

「ふーん、あ、ねぇ、今日行きたいところがあるんだ。双葉駅前にあるケーキ屋さん。すっごいおいしいんだって」

「いいね。行こうか」

「やった。じゃあ、支度してくるね」

 階段をおりていく軽快な足音。嬉しそうだ。僕は思わず肩を揺らした。

 最近、無性にきみを殺したくなる。寝ているときは特別、そんな衝動にかられる。その細い首に手をかけて、思いきり締めてしまいたい。

 きみという存在をだれにも奪われたくない。ならば、いっそのこと殺したほうが楽だろう。そうおもう僕は狂っているだろうか。

 日を追うごとに、僕の中にある自己抑制が欠落していくような気がする。

 杏奈に言っていないこと。それは僕の弱さ。

 僕は……ひとりになるのがこわい。

 かつて孤独であったあの頃。その頃を思い出すと、どうにかなりそうになる。いつか杏奈が愛想を尽かしてしまう日が来るかもしれない。

 そうなったら僕は……。

 …………。

 こわい。毎日の目覚めがこわくて堪らない。目覚めて、もし杏奈が隣にいなかったらと思うと僕はーー。

 いつか、ほんとうにきみを殺してしまうかもしれない。こんな僕だけど、そばにいてくれるかな。いや、いてもらわないと困る。

 だって僕には、きみしかいない。きみの心が移り変わろうと、僕には関係ない。きみは永遠に僕のものだ。

 ゆっくりと立ち上がると部屋をあとにした。


 可愛い可愛い杏奈。きみは、僕の檻の中。

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