初恋

 初めて貴方を見たその日、私は眠れなかった。心臓がドクドクして、まるで走ったあとみたいだった。

 運命という言葉は信じていない。けれども、奇跡という言葉は好きだった。私に彼を巡り合わせてくれた奇跡に感謝した。

 二週間前、貴方を捕らえることに成功した。私は最高に嬉しくて、貴方に送った手紙の数を教えてあげた。

「五千通よ? しかも、ぜんぶ手書き」

「へぇ、それはすごいね」

 棒読みだった。

「ちゃんと私のモノになってくれるまでは、ぜったい帰さないから」

「はは。それはちょっと困るな」

 軽くあしらわれた。まるで子ども扱いだ。

 貴方は、とても強情な人だった。監禁してから、一切食べ物や飲み物を与えないのに、貴方は平然としていた。

「きみも物好きだね。そろそろ自由にしてくれない?」

 貴方の口調は、明るかった。この状況に動じていない。

 目隠しをしているのに、椅子に縛られているのに、食べ物も水も与えないのに、貴方は余裕を持て余していた。

 三日目の夜、我慢できなかった。私は縛りつけたままの貴方と繋がった。

「ユウっ、……すごい」

「きみ、こんなプレイが好きなの?」

「そうよ。だいすき。あなたのその引きつった顔にたまらなく興奮するのっ」

「はは。僕、こういう趣味ないんだけど」

「そのわりには貴方の体も反応してるじゃないっ……あん……っ」

「そんな声出しても無駄だと思うよ」

 貴方は、本当に絶頂に達しなかった。 私は馬鹿にされたような気がして悔しかった。

 だから、知り合いに頼んで薬を売ってもらった。初めは、軽く興奮させる薬を水に混ぜて飲ませた。効果はてきめんだった。貴方は私の中で果てた。

 嬉しくて、すぐさまDVD-Rに焼いて三野村杏奈へ送りつけてやった。

 その事を貴方に伝えた。貴方の目の色が変わったのを私は見逃さなかった。怒った貴方も素敵。

 込み上げてくる欲を抑えることはできなかった。 私はさらに強い薬を取り寄せた。貴方は強く抵抗した。

 あまりに暴れるものだから、肋骨を何本か折ってしまった。なんとか二人がかりで注射を打った。次第に貴方の目の奥にある光がぼやけてくる。

 薄れゆく意識の中、最後に貴方は言った。

「覚えておいて。杏奈を傷つけたら、ユルサナイ」

 ーー貴方は本当に許さなかった。

 サイレンの音が聞こえてくる。

 あぁ、私の奇跡もこれで終わり。

 悲しみと言うよりは、どこか安堵している自分がいた。空っぽになった貴方は、とても可愛かった。

 けれど、空っぽの貴方は、やっぱり空っぽだった。貴方から、目の中にある光を奪ってしまうのは間違いだった。

 奪って初めて気づいた。でも、すべて済んだこと。あとは、成るように成るだけーー。

 もうすぐ警察がやってくるだろう。そしたら、全てを受け入れる。包み隠さず何もかも説明するつもりだ。

 私がどれほどまでに、岡田ユウという人物を愛していたかを。そして、どれほどまでに三野村杏奈へ嫉妬していたかを。

 警察は辛抱強く私の話を聞いてくれるだろう。彼らはとても優しいから、きっと一字一句漏らさず聞いてくれる。それが、すこしだけ嬉しい。

 ーー貴方との出会いは今でも忘れない。

 十五年前。孤児院から引き取られて新しい環境に馴染めないでいた私。

 いつものように父親から暴行されたあと、公園のベンチで、気だるい身体を横たえていた。そこに貴方がやってきた。

 向かい側のベンチに座って、じっと歩道のほうを見つめる貴方。目を奪われた。こんな格好いい男の子を私は知らない。

 私の心を貴方は鷲掴みにした。食い入るように貴方を見つめた。 貴方は誰かを待っているようだった。

 だから、私もこっそり待ってみた。誰と待ち合わせしているのだろう。気になった。けれど、誰も来なかった。

 ひとりの女の子が通り過ぎていったあと、しばらくして貴方は立ち上がった。そして、まるで目的を達成したかのように颯爽と行ってしまった。

 そのあと、もう少し待ってみたけれど、結局誰も来なかった。歩道のほうを見ても気になるものはなかった。一体貴方は、だれを待っていたのだろう。

 あぁ、そう言えば、公園で見かけた女の子。あの子の目の下には、ホクロがあった。三野村杏奈とおなじなのは、きっと偶然だろう。

 けれど、いまさら、どうでもいい。詮索したところで、なにも変わらない。

 家の外がざわついている。警察が到着したらしい。私は、肩を落とすとふたたび頭を床に預けた。

 ーーさよなら。ユウ。

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