再起ー1
「ねぇ」
声。
「彼女から離れなよ」
この、声。
張り詰めたこの空気。この温度。あぁ、このトーン。
うつむけていた顔を、私はあげた。
いた。
生気を帯びた瞳を、男の人へ向けるあなた。それは紛れもなく、ユウだった。
「おまえ……正気に戻ったのか」
男の人が驚きの声を滲ませた。腰を掴むその力がわずかに緩む。
「彼女を離しなよ」
ユウが男の人を睨みつける。その視線は、確かな生命力を感じる。
あなたは、戻ってきた。
「はは、縛られたままのお前になにができる? この状況わかってんのか?」
「聞こえないの? 離れろって言ってるんだけど」
「うは……すげぇ殺気。瞳孔開いてるぜ?」
「…………」
男の人はユウに寄っていくと、ブラブラと手を振った。
「だけど、ほら。なにができるんだよ。今のお前にっ。なにもできねぇだろうが」
「なにが言いたいの?」
ユウは淡々と言葉を紡いでいく。けれど、馬鹿にするような口調は止まらない。
「なんだよ。この優男! なんもできねぇくせに、デケェ口叩きやがって。こないだは、俺が引いてやったけどなぁ、本気出せばあのときだって、おまえを殺せたんだぜ?」
「…………」
ゲラゲラと笑う男の人。
「つーか、なにおまえ。薬は打たれるわ、女からヤラれるわ、まじでだっせぇ。しかも、自分の女はこれから俺にやられるんだぜ? どんな気持ちだ?」
「さぁ、どうだろう」
「おまえも、いっしょに興奮するか? ぎゃははは」
「最悪な趣味だ」
「ふはは、最悪でもいい。これほど、気持ちいいものはねぇ。女を無理やりヤルってのは最高だ。あの恐怖で歪んだ顔を見ながらってのがまたいい」
「その汚い口、どうにかならない?」
「おまえも素直になれよ。この女はもっといい味がでる。どうだ? おまえもいっしょに、」
「だまれ」
ーーズチ。
「え」
男の人が視線を落とす。その肩には、ナイフが刺さっていた。
「ぇ、ぁ、ああああぁぁっ」
ユウが満面の笑みを浮かべた。
「さっき借りてたやつ。返すよ」
ユウの漂わせる狂気。そして空気が張り詰めるほどの殺意。
「ぅぐ、ァァァ……、ッァァアっ」
発狂したように男の人が叫ぶ。
「なんで……お前が……ッ、俺のナイフを」
「さっき、ポケットから抜いたんだよ。気づかないなんて、きみ案外鈍いね」
ユウはそう言って、フッと息を吐きだした。たしかに部屋へ来てすぐ男の人はユウに近づいた。
『この間はよくも俺を脅してくれたなぁ。今度は、こっちの番だ』
男の人はユウの後ろに立つと耳もとでそう言った。触れられるほどの距離。そのチャンスをユウは見逃さなかった。
ポケットからのぞくナイフ。それを指先の動きだけでーー。
けれど、そんなこと可能なのだろうか。縛られている状態から、相手に気づかれないようにポケットから抜き取るなんてできるのだろうか。
さらに、ユウは相手が狼狽するほどのダメージを与えた。
一瞬、男の人は刺されたことに気づかなかった。それほど、ユウの動きは速かった。超越したテクニック。
あなたは一体……。
「ァ……ッ」
依然として、もがき苦しむ男の人。刺されたところを必死に押さえている。
「うぐぅ……」
「いちいちうるさいな」
ユウは、ため息まじりに呟くと立ち上がった。そばには、ユウを縛っていた紐。ナイフで切ったあとがある。
「はぁ……身体バキバキ」
そう言って、伸びをした。
「やっと自由になった。……さすがに身体がなまったな」
まるですべてを吐き出すように、息を吐く。斜め後方から私はユウを眺めた。
少し伸びた髪の隙間から見える彼の表情。わずかに頬を緩ませたその顔は、疲労の影すらも見えない。
ユウ……あなたはーー。
息を飲む。私は、ただユウのほうを見つめた。
「さぁて……」
彼の動きが止まった。そして、桜子のほうを振り返った。
「桜子ちゃん。よくも、まぁ、ここまでやってくれたよね」
そう語りかけたユウの顔は笑顔。けれど、目は笑っていない。
「っ……」
桜子の肩が揺れた。依然として、ユウはニッコリと笑っている。
「言いたいこと、山ほどあるんだよね」
「……ユ、ユウ」
怯えた表情を浮かべる桜子。ユウは彼女のほうへ歩み寄った。
「ま、まって」
「いいや、待たない」
そして首を掴むと、勢いよく壁に押しつけた。
「ぅ……ッ」
うめく桜子にユウが耳もとでささやく。
「まさか薬を打たれるとは思ってなかったな。正直油断してたよ。ていうかさ、僕がラリってる間、何回僕とヤッたの? 何回僕を凌辱したわけ?」
ユウがさらに力を込める。笑みを浮かべる彼の顔に影がかかった。
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