再会ー1

 予想。というか半分は勘。女の勘みたいなもの。

 映像に映っている窓の形とか、そこから見えるわずかな外の景色。それらを照らし合わせる。あとは、自分の勘。

 そして、導き出した。ユウが監禁されていると推測した場所。 それは、ユウの家から斜め向かいにある家だった。

 いつも大きな家だな、と思っていた。ときおり使用人らしき人が出入りしているのを見る。けれど、住んでる人を見かけたことはなかった。

 まさかこんな近くにいるなんて。そんなことあるだろうか。けれど、その予想は捨てきれなかった。

 私は、ゆっくりと息をした。そうしたのち、インターホンに手を伸ばした。

 しばらく待った。玄関のドアが開く。じわりと開かれたドアの向こうにいる女性。

 私は、驚きの感情を余すことなく表情にのせた。真っ白な白いワンピース。ストレートな長い髪。お人形のような顔。そこにいたのは、桜子だった。

 私は、声が出せなかった。彼女は、ほんとうに斜め向かいの家にいた。

 まさか……こんな近くに……いたなんて。

 驚き立ち尽くしていた。と、クスクスと笑い声が聞こえてきた。

「だれかと思えばあなただったのね。杏奈さん」

 高音の透きとおった声。生で聞いたのは初めてだ。お姫様のようにおしとやかな態度に背筋が凍る。桜子は私のことを知っている。そして私がここにきた理由も。

 それでも、彼女は平然としている。とても落ち着いた態度。それが、かえって不気味だった。

 どこにそんな余裕があるのかわからない。動悸がする。

 ……こわい。

 身体に緊張がほとばしる。ひたいに滲んだ汗がひとつになり伝って落ちた。手にはじっとりと汗をかいていた。

 私は、絞り出すように声を出した。その声は震えてしまった。

「あの…………、ユウは……いますか」

 すると、桜子はニコリと笑いかけた。

「ええ、いるわ」

 やっぱり……いるんだ。この家のどこかに。

 グッと歯を噛みしめた。

「あ、あわせて……もらえますか……」

「ええ、もちろん」

 桜子は躊躇もせず、開きかけのドアを開けはなつ。真っ白な壁紙の玄関が見えた。

「いいわよ。遠慮せずに、さぁあがって」

 桜子が、手のひらを家の中へ向けた。桜子の余裕な態度。落ち着いた口調と顔色。静かな住宅街。

 入ってはいけない。けれど、入らないわけにはいかない。だって、この中にユウがいる。

 でも、……やっぱり躊躇するのは、彼女が危険な人物だから。男の人を……誘拐して、監禁するなんて……。

 警察に電話してくればよかったな。

 ふとそんなことを考えた。そんなこと言っても、もう遅い。今じゃなきゃ、たぶん彼女は家に入れてくれないだろう。ちょっとまって、なんて言えない。

 私は、ゴクリと息を飲んだ。そして、ゆっくりとまばたきしたのち、足を踏み出した。

 後悔しない。もう後戻りできないとしてもーー。

 私は促されるままに、廊下を進んでいった。長い廊下だった。歩きながら、チラリとまわりを見る。

 桜子の家は、豪邸だった。ひとつひとつの装飾にお金がかけられているのは一目瞭然。かと言って、他にだれかが住んでいるような感じではない。

 生活にかかるお金や家のことはどうしているのだろう。ここへ来てからずっと気になっていた。

 使用人のような若い男がいることはわかっている。けれど、桜子が仕事をしているとは思えない。彼女はいったい何者なのか。親がお金持ちとか?

 不安と疑念は深まっていくばかりだった。

 ……考えても仕方ないか。

 私は、桜子のほうを見た。少し前を歩く桜子は、私を警戒することもしない。まるで、お客を案内するかのような穏やかな表情だった。清潔感のある服装や、品のいいたたずまい。

 ……この人が……ユウのストーカーなんて。だめ、油断しちゃ。彼女は、ユウを監禁したうえに……ユウをーー。

 ゾワゾワと恐怖が身体を締めつける。なにが起きてもおかしくない。それでも、逃げるわけにはいかなかった。

 ディスクが届いてから、一週間。見たくもない動画をなんども見て、ようやくこの家だと絞り込んだ。

 早くユウに会いたい。警察にはもちろん相談した。見せなくない動画も見せた。けれど、結局それ以外の手がかりはわからないから、と困った顔をされた。

 自宅の周辺を頻回にパトロールする? また、なにか郵便物が来たらすぐに教えて?

 そんなことしていたら、手遅れになる。 私が自分で解決する。二週間も顔を見てない。これ以上、待てない。今日、連れて帰る。

 動画で見たユウ。必死に快楽から抗おうとする彼の強さを感じた。

 ユウは強い。だいじょうぶ。私の顔を見たら、笑顔になってくれる。

 帰ったら、伝えたいことがあった。ユウと一緒に住みたい。そして、ずっとあなたと共に歩んでいきたい。

 その想いを、ユウに届けたい。きっとユウは喜んでくれる。私を抱きしめてくれる。私は期待に想いをはせながら、桜子の後ろをついていった。

 桜子が立ち止まり、振り返った。

「この部屋に、彼はいるわ」

 私は覚悟を決めた。

 桜子の手によってひらかれるドア。その先に見える景色に目を見張った。絶望に狂い咲きしませんようにーー。

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