消失ー2
ユウが消息を絶って一週間。アパートに郵便物が届いた。
視界がかすむ。ひどい寝不足だ。頭がうまく機能しない。私はそれを持ったまま、しばらく立ち尽くした。
この一週間、寝ていない。目の下にはびっくりするほどのクマ。眠たいのに眠れなかった。ユウのことが気になって一睡もできなかった。
彼がいなくなったあと、彼の会社を調べて電話した。会社の人は、ユウが突然いなくなって困り果てていた。
「あんなに真面目な彼が連絡しないまま休むなんて」
そして、彼は仕事ができる人だから早く帰ってきてほしいとも言っていた。
「そうですか」
私は電話を切ろうとした。
「それにしても、あなたは岡田さんとどういったご関係?」
「私は……親戚です」
恋人、という言葉は避けた。なんとなく。
結局、ユウの足取りは掴めなかった。私は毎日ユウの家へ通った。いつユウが帰ってきてもいいように、そこで寝泊まりした。けれど郵便物のこともあって、ときどき自分のアパートへ帰った。
そして、三日ぶりにアパートの郵便受けをのぞいた。見に覚えのない相手から郵便物が届いていた。手に持っている郵便物を見つめる。手のひらよりもすこし大きいサイズの小包。平べったいけれど曲がらない。
振ってみた。中でなにかが擦れる音がした。なにか硬いものが入っているようだ。
小包を裏返してみた。差出人の名。桜子。
知り合いにそんな名前の人は、ひとりもいない。間違いない。手紙の主だった。
どうやって知った? 私とユウの関係。いつから? いや……もしかして、……はじめから……ーー。
部屋へ入ると、すぐに小包を開封した。電気をつける時間すらも惜しかった。窓から差し込む月明かりに照らされる。
小包から出てきたもの。それは、一枚のディスクだった。表にはなにも書かれていない。真っ白なディスク。なんてことない。どこにでも売っているようなディスク。
じっと見つめる。やっぱりなんてことない。
私は、ゆっくりとDVDプレイヤーに歩み寄ると、ディスクをセットした。ディスクの擦れるような機械的な音が聞こえてくる。テレビ画面に、読み込み中、という文字が表示された。私は再生されるのを待った。
そう。それはただのディスクのはずだった。映像を見るまでは。それは、絶望か希望かーー。
この世のどんな悪よりも、目の前のものがおぞましい
しょっぱなから。もうすでに女の人とユウは繋がっていた。
私は目を離せなかった。目隠しをされ、椅子に縛りつけられたユウ。その上で淫らに動く女の人。
ユウは、ただされるがままだった。スーツを着たまま、ズボンだけをおろされーー。
「ァ……すごいっ、ユウっ」
「っ……」
「ねぇ、もっとっ、……もっとほしいんでしょ? ほら、言ってっ」
「…………ッ」
「あぁ、その顔やばいっ」
繰り広げられる淫らな性行為。女の人は、ときおりカメラのほうを向いた。そして、ニタリと笑うと、見せつけるように腰を動かした。
ユウの郵便受けをのぞくたびに入っている手紙。真っ白な手紙に書かれた差出人の字。丁寧で、それでいて可愛らしい。桜子。
あなたはだれ?
いつも心の中で語りかけていた。その人物が、目の前にいる。画面の向こう側で、私の愛するユウと女の人がエッチしてる。
……ウソダ。
終わらない悪夢のような光景。私は両手で顔を覆った。流れ続ける映像からは、絶え間なくあえぎ声が漏れていた。ユウは無言のまま。ときおり堪えるようにクッと唇を噛む。桜子はそれを見てさらに興奮する。桜子という女の人。彼女は、美人だった。そして、セクシーだった。桜子の巧みな動きに、ユウの息が上がっていく。それでも、口を閉じ声を出そうとしない。そんなユウの姿に、見ているこっちまで変な気分になってくる。
止まることのない女の人の腰。しだいに、ユウの口が開かれる。
「ァ……っ、ぁ……」
漏れるようなユウの声。すごく色っぽかった。
「あぁ、ユウ……すきっ」
潤んだ桜子の瞳が、ユウを覆い尽くす。桜子の笑顔は、満開。熱を帯びた息をユウの耳に吐きかける。
「ほらっ、ユウ……我慢しなくていいのよ」
手のひらでユウの頬を覆う桜子。縛られたままのユウ。目隠しのせいで表情がよくみえない。
「ねぇ、気持ちいいんでしょ? わかってるのよ、ねぇったら」
瞬間、
「……ッ、ァ」
ユウの身体が大きく仰け反った。見たくなかった。それでも、目を離せない。
ビクンビクンと揺れるユウの身体。それを、満足そうに見つめる桜子。しばらくして、ユウの動きが止まる。
「は……ぁ……」
悲しみに打ちひしがれたような儚い息。目隠しをされたまま、後ろで手を縛られたままユウは絶頂に達した。
……そんな、ユウが……。
身体が震えてくる。怒りが止まらない。私は、テレビに映る桜子を睨みつけた。満面の笑みを浮かべる桜子。
「ハァ……気持ちよかったっ」
そう言うと、ユウにキスを落とす。ユウは、ただ口を一文字にして動かない。
「ね、ユウ。また、絶頂に達しちゃったわね。妊娠したら、どうしよう。……もちろん責任とってくれるわよね」
そして、またユウにキスをすると、桜子は上機嫌なようすで部屋から出ていった。
二時間にもおよぶ動画。私は動けなかった。
電気もつけないまま、画面に映る景色を食い入るように見つめた。桜子が部屋から出ていったあとの部屋は静まり返っていた。
目隠しをされたユウは俯いたまま動かない。 再生残り時間は十秒。私は、停止ボタンに手を伸ばした。
「杏……奈……」
かすれるような声だった。ユウが呟いた。そこで、映像は終わった。
悲劇のヒロインなんて、演じたくもない。けれど、胸が苦しいの。すごく苦しいの。ずっと堪えていた。ユウがいなくなって、必死に我慢していた。けれど、もう限界だ。
私は、泣いた。嗚咽を漏らしながら、泣いた。ユウが見たら、きっとこう言うだろう。
「汚い泣き方だなぁ。もっと可愛く泣けないの?」
ケラケラと笑うユウを想像して、また泣いた。
ユウ。私、初めてだったよ。あんなに辛そうなユウを見たのは。許さない。あの女を、桜子をユルサナイーー。
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