嫉妬ー3
数刻後、私はユウに抱えられるようにして彼の家へ帰った。
男の人は結局なにもしなかった。ふたりでなにか話したあと、逃げるように去っていった。私は、よく聞こえなかった。
帰る途中、ユウに訊いた。
「ユウ、男の人になんて言ったの?」
「んー、秘密」
「えぇ」
「杏奈は知らなくていい」
なにも教えてくれなかった。立ち去る前、男の人がひどく怯えていたのは、気のせいだろうか。
何はともあれ、無事だった。私は気にしないことにした。
それから、ユウは説明してくれた。なぜ、連絡が途絶えたのか。ユウは急な出張で海外に行っていた。
しかも、電波が入らない場所にいたのだという。てっきり意地悪かと思っていた。
わざと嫉妬させるために、連絡をしなかったのかと思っていた。けれど、ちがった。
「勘違いして、ごめんなさい」
「ほんとだよ」
「反省してます」
「僕に平手打ちしたよね?」
「……それは」
「理由も聞かないまま、思い切りひっぱたいたよね?」
「…………はぃ」
「痛かったな。思い切りだったもんね」
私は、何度も頭を下げた。許してもらえるとは思っていない。けれど、全身全霊をかけて謝った。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
「どうしよかなぁ」
「なんでもしますから、ほんとごめんなさい」
ユウの動きが止まった。
「なんでも?」
「うん」
「ほんと?」
「ぅ、うん」
しばらくの間があった。
「そっかぁ」
途端に、ユウの口調が明るくなる。そして、うれしそうに笑った。
「じゃあ、許してあげる」
嫌な予感しかしなかった。なんでも、とは言ったけれど。前言撤回したい、なんて言えない。
すぐに寝室へ連れていかれた。
ユウは私の両腕を縛ると、天井に取り付けられた金具に固定した。
「なんでもして、いいんだよね?」
念を押すユウ。
私に拒否権などない。
「ぅ、うん」
目隠しをされた状態で吊るされる。横になったほうがマシだ。けれど、ユウは許さない。膝立ちのまま私を吊るした。
「この体勢……辛いよ」
「辛くないと、意味がない」
どう意味がないのか。問いただしそうとした。けれど、それよりも先にユウが口を開く。
「杏奈、たしかくすぐられるの弱いよね?」
「え」
「弱かったよね?」
汗が頬を伝って流れた。
そして、ユウの遊びが始まった。触れてくるユウの手つき。私は、休むことなく身体を震わせた。
「あぁ、監禁してたころを思い出すな」
「っ……ユゥ」
「ほら、くすぐってあげる」
「だめ……」
「だめっていう言葉は、今日禁止ね」
「そんな……っ」
少し開いた唇から発せられる彼の声。威圧的なのに、どこかおっとりとしている。そんな彼は、いつもより乱暴に抱いた。しかも、禁句まで指示されてしまった。
だめって言っちゃいけないなんてひどいよ。
けれど、もちろん拒否できない。なんでもする、と言ったのは私。ただ、身体を震わせては耐えるしかなかった。
「ユウ……くすぐったい……っ」
「うん。くすぐってるからね」
「いや……っ」
「いやだ、も今日は言ったらだめ」
「ぇ……そんなのやだ」
「あ、言ったね」
「……つ、つぃ」
「罰を与えないとだめなのかなぁ」
服の中に手が入ってきた。冷たいユウの指が直に触れる。
スリ……。
「ひぁ……っ」
絶妙な強弱で腰やわき腹をなでる。それは服の上からされるより、ずっとくすぐったかった。
「もぅ……許して……っ」
涙が伝う。すると、視界がひらけた。ユウと目が合う。彼は目隠しに手をかけて、私を覗き込むようにして見ていた。
「泣いてる」
そのやさしい声色に、よけい涙が溢れてくる。
「……だって……あまりにくすぐったいから」
「だから泣いたの?」
「そ、そうだよ」
「可愛いね。そんな顔されるとほんとに苛めたくなる」
ユウが私に顔を寄せてくる。濁りのない藍色の混ざった黒い瞳。私は、その瞳にいつも吸い込まれそうになる。女の私でさえ妬けてしまうほど、ツヤのある肌。
……ずるいな。
ユウの顔はやっぱりきれいだった。重なる唇。私は縛られたままユウのキスを受ける。腰に手を回して、引き寄せるユウの腕。
縛られたままキスされるなんて……。でも、ユウなら、いいかな。
どんなことをされても、ユウはユウ。こんな風に意地悪するユウも、結構好きだったりする。私は、ユウとの甘いキスに身も心も委ねた。
「杏奈」
ユウが動きを止めた。視線を落とし、なにか考えているような顔つきのユウ。さっきとは打って変わって重たい雰囲気を漂わせるユウに私は戸惑った。
「ユウ、どうしたの?」
「すごく心配した」
彼がそうつぶやいた。
「え」
「男に襲われているのを見たとき、心臓が止まるかと思った」
「ユウ」
「僕は……生きたここちが、しなかった」
不安そうなユウの瞳は、どこか艶めいてみえた。
今日起きた出来事を思いだす。
私が男の人から押し倒されていても、ユウは顔いろを変えなかった。男の人に胸を見られ無理やりキスされていても、平然とした態度だった。
ユウは私がそんなことをされても平気なんだと思った。けれど、違った。ユウは、悲しみを押し殺していた。
あの無表情の顔の下で、ユウはきっとーー。
もしかして、必死になって捜してくれてたのかな。私が、バーで飲んでいる間もずっとずっと……。それは、私への執着?ちがう。それは、たぶん……愛?
私は、胸がギュウッと締めつけられた。あらためてユウの深い想いに気づいた。素直にうれしかった。だからこそ、今日のことが申し訳ない。私は心の底からユウに謝った。
「ユウ……ごめん。ごめんね」
「うん」
俯き加減のユウ。
そんな悲しそうな顔しないで。
「心配させて……ほんと、ごめん。私ユウのこと考えてなかった。ユウを傷つけるようなこと……しちゃだめだよね」
「……杏奈」
「私、ひどいよね」
「…………」
「私って、ほんとだめな子」
「うん。君は悪い子だ」
突然、ユウがそんなことを言った。
「え」
私はキョトンとした。目が合う。
「だからね」
ユウはにっこりと微笑むとつづけた。
「今日は、お仕置き」
無邪気に笑うユウは子どものようだった。ユウの支配欲は海の底よりも深いーー。
優しく私にキスをしたり、身体に触れたり、ときおり耳もとで囁いたりする。彼には敵わない。
私がドキドキすることを知っている。ユウは意地悪。でも、それにドキドキしてしまう私はやっぱりユウに溺れている。
その日の夜、私はユウと何度も繋がった。
「今日の杏奈。すごく熱いね」
ユウは私を抱きながらも、私に語りかける。いつもそう。息を切らしながら話す私を楽しそうに眺める。
ユウはというとほとんど息が乱れない。淡々と、それでも、伝わってくる温度は熱くて。私を愛でるように抱きしめながら、ユウがつぶやく。
「ーーそれにしても、あの男が諦めてくれてほんとうによかったよ」
「……うん」
「あれ以上、揉めていたら危うく殺しちゃうところだった」
「……え」
「冗談だよ」
ユウは笑っていた。けれど、目だけは笑っていなかった。私たちは、長い間繋がりつづけた。彼の身体はいつにも増して熱かった。
ユウ。あなたはどこか謎めいていて私はそんな貴方にいつも魅入られるの。私いつまでユウに愛してもらえるかな。
「杏奈。愛してるよ」
「ーーうん」
私はユウのもの。
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