嫉妬ー1


 ユウが好き。大好き。だから、私は逃げない。どこにもいかない。私はあなただけのもの。

 ずっと監禁されていたいなんて思う私っておかしいかな。でも、足りないの。そうでもしてくれないと足りないの。


 ユウに監禁されて、一ヶ月が経った。といっても、実際は監禁されていない。

 仕事にも行くし、ときどき自分の家へも帰る。ユウと初めてひとつになったあの日、彼は私を自由の身にしてくれた。

「家に帰っていいよ」

 彼はそう言った。携帯も財布もすべて返してくれた。正直、帰りたくなかった。監禁されたままでよかった。

 私をこころから愛してくれる人。ユウがいれば、なにもかも失ってよかった。すべてを捨てる覚悟があった。

「家に帰らなくていい。仕事もやめる」

 けれど、彼はそれを許さなかった。

「そんなのだめだよ」

 ユウは顔を横へ振った。

「なんで?」

「僕は、今の杏奈が好きなんだ。杏奈の魅力を奪いたくない。だから仕事はこれまでどおりつづけてほしい。監禁してた僕が言うのもなんだけど」

 ほんとうにその通りだ。監禁した本人のセリフとはおもえない。けれど、ユウがそれを望むなら仕方ない。しぶしぶ了承した。

 そして、久しぶりに自分のアパートへ戻った。家に帰るとまず、職場に連絡した。何度も頭を下げて謝った。同僚からも何があったのかと訊かれたけど、笑ってごまかした。

「急に旅行へ行きたくなっちゃって。心配かけてごめんね」

 ユウのことは一言も言わなかった。

 翌日から仕事へ行った。私は何事もなかったように働いた。けれど、それは形上。仕事が終わると、自宅へは向かわない。ユウの家へ行く。

 インターホンを鳴らす。ドアが開いた。愛しい人が私を待ちわびたように出迎えてくれる。

「おかえり、杏奈」

「ただいま」

 私はユウに向かって微笑んだ。


 家へ入るとユウは私に手錠をはめる。そうすることで、安心するのだと彼は言った。私はそれを受け入れる。

「今日も、ちゃんと僕のもとへ帰ってきてくれたね」

「うん」

「可愛い杏奈」

 私をやさしく抱きとめるユウの声。色っぽくて、ドキドキする。

「ねぇ、今日の仕事はどうだった?」

 ユウは今日の出来事を訊いてくる。それに対して私は、ひとつひとつ事細かに説明する。どんな小さなことでも報告する。

「そうなんだ。ありがとう」

 報告したあと、彼はご褒美をくれる。繰り広げられる甘い愛の交歓。

「ぁ……ッ」

「ここ、触られるの杏奈好きだよね」

「んっ……」

「気持ちよさそう。可愛い」

 ユウの甘い声に私の身体は熱くなって、止まらなくなる。なにもかもユウのものになった気がして満たされる。

 監禁。その言葉は今は違う気がする。けれど、ユウはたびたびその言葉を使う。

「監禁してごめんね」

「いいよ」

「杏奈がいやだったらやめるよ」

「いいってば」

 申し訳なさそうなユウに私は必死にすがりつく。

 ユウはいつもどこか不安そうだった。ときおり強く私を求めることがある。私はそれを必死で受け止める。狂おしいほどの愛。

 けれど、どんなに受け止めても、彼の目から不安の色が消えることはない。

 なぜ、そんな目をするの? 私はそばにいるのに。安堵していいのに。離れるつもりなんてないのに。だから、監禁されてるつもりはない。

 毎日ここに帰ってくるのもユウに繋がれるのも、私がそれを望んでいるからだ。

 束縛されたい。ユウに縛られたい。私は、ユウを愛してしまった。

 たとえ、それがストーカーだった人であっても関係ない。

 私を愛してくれる。大切にしてくれる。それで、じゅうぶんだった。

 なのになんで足りないの?


 昼間、いつものようにメールが来た。

『愛しているよ』

 ホッとしたのもつかの間、そのあとにふたたびメールが来た。

『今日は仕事があるから、自分の家に帰って』

 がっかりした。私は、ユウに会いたかった。昨日も会ったけれど、今日も会いたかった。

 なのに、そんなメールが来た。会いたかった。ほんとうに会いたかった。

『わかった。じゃあまた明日』

 そう返事すると、自分のアパートへ帰った。久しぶりのひとりの夜は、静かでとてもさみしかった。

 ユウの熱が恋しい。言葉では言い知れぬ空虚感に包まれながら、眠りについた。

 それから、三日間連絡がなかった。私は毎日のようにユウの家へ足を向けた。

 インターホンを鳴らしても出てこない。暗くなるまで外で待ってみた。家の明かりがつくようすはなく、人の気配もない。

 携帯の着信を確認した。やはりなんの連絡もない。

 肩を落とすと、重たい身体を引きずるようにその場をあとにした。

 こんなこと初めてだった。これまでのユウからは考えられない。

 一日に何通もメールが来た。すぐに返さないと、ユウは不機嫌になる。だから、私はトイレに立つたびにメールを確認した。

 それがこの三日間ぱったりとなくなった。私は、その日バーでひとり飲んだ。

 アパートへ帰り着いたのは、午前零時。携帯は一度も鳴らなかった。


 ラブラブな関係。そんなふうに思っていたのは、私だけだったのかもしれない。

 もしかして、悪ふざけ?

 歯がゆくて悲しかった。悔しかった。次、ユウに会ったら思いきり問い詰めてやろう。

 ーーユウのばか! ぜったいに許さないんだからね。


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