溺愛ー2

 丸い穴から見える景色。おしゃれなインテリア、シックな壁紙。白いソファに腰かけるユウ。置かれたふたつのワイングラス。

 そして、ユウの隣で笑う女の人。ピンクのワンピースに、きらびやかなネックレス。パーマがかった細く茶色い髪、長いまつげ、パッチリとした大きな目、形のいい唇、細い首ーー。

 感嘆した。想像以上に美人だった。 抜群のスタイル。お化粧まで上手い。

「やだ、おかださんったら」

 艶のある髪を揺らして、クスクスと笑っている。

 ーー完璧なまでに可愛い……。こんな若い子がユウに好意を抱いている。

 こんな可愛い子が……男だったら放っておかない。こんな子に誘われたら……ーー。

「おかださんと二人でお酒飲めるなんて嬉しい」

「そう言ってもらえると僕も嬉しいよ」

「私、どうしても……距離を縮めたくて……」

「僕も同じ気持ち」

「おかださん……」

 見つめあうふたり。ユウが一歩踏み出した。そして、女の人の首に手を回し引き寄せると……キスをした。

「……っ!」

 絡まる舌。濃厚なキス。

 うそ…………っ、……やだ……そんな……っ。

 頬に汗が伝っていく。心臓がズクンズクンと痛む。嫌だ。見たくない。それでも、視線を離せなかった。

 見たくない。見たくない……もう ミタクナイ。

「ぁ……おかださん……ッ」

 ユウの手により服を脱がされていく女の人。ワンピース、そして、真っ黒な下着。女の人の身体が露わになる。

 そこにユウの手がのびていく。慣れた手つきで女の人を抱いていくユウ。

 やだ……やめて。それ以上は、もうーー。

 けれど、そんな私の願いなんて届くわけもなかった。

「……我慢できない……おかださんのが……ほしぃ」

 艶かしい声にユウは頷く。そして、ユウと女の人はひとつになった。

 淫らに揺れるふたつの影。私は瞬きするのも忘れて見つめた。

 女の人に覆い被さるユウを目に焼き付けていった。ユウは、それは色っぽくて格好よかった。

 私は、女の人が羨ましくて仕方なかった。求めるものを求めるだけ与えてもらっている女の人に嫉妬した。

 なぜ……私にはしてくれないの? ユウは私のことが好きなんじゃないの? なのに、どうして他の女の人と愛し合ってるの? 私もあんな風にされたいのにーー。

 …………。

「……っ」

 悲しくて、つらくて、たまらなかった。

 それなのに目をそらせない。ユウの真剣な表情に魅入った。嫌悪感が胸に湧く。行為が終わってもそれはおさまらなかった。

 頭の中が悲しみの渦で覆われる。裏腹に女の人の調子の良い声。帰り際まで女の人の熱は冷めていないようだった。

「……おかださん、すごくよかった。……私こんなに感じたの今までなかった……あ、それと契約の件は、任せておいてね。社長に言い寄れば、イチコロだから」

「うん。助かるよ」

「じゃ。おかださん、またね」

 そして、名残惜しそうに帰っていった。途端に静けさが戻ってくる。

 ーーやっと、帰った……。

 そこで、ようやく私は肩の力を抜いた。最悪な時間だった。人の愛し合う光景を見て、欲情するなんてーー。

 私は、その場に座り込んだ。

「どうだった?」

 その声に慌てて振り返る。ユウがいた。シャワーを浴びたらしく、髪が濡れている。

「ぁ、えっとっ」

 さっきまで女の人を抱いていた。そんなユウがいま目の前にいる。

 だめ……顔……見れない。

 私は思わず視線をそらす。ユウがそばへ寄ってきた。そして、覗きこむようにして私を見る。

「あれ、なんで目逸らすの? 杏奈?」

「っ……」

 私は何も言わずさらに俯いた。クスクスと笑い声がおちてくる。

「杏奈。こっち見て」

 ユウが私の顎をクッと上げる。そして、

「ーーんっ」

 突然の口づけ。身じろぎして離れようとした。けれど、ユウが私の腕を掴む。

「やめて……ッ」

「だめ」

 ユウのキスは、苦おしいほど優しい。さっきまで女の人を抱いていたユウ。許せなかった。

 でも、こんな優しいキスをされたら……許してしまう。ユウはずるい。

 キスをしながら腰に手を回し、私を引き寄せるユウ。

「ン……っ」

 息継ぎさえも与えてもらえない。息が乱れていく。

「ユウ、息が……できな、」

「まだ、だめ」

 腰に手を回す力がさらに強くなる。密着した状態で濃厚なキス。甘く長い口づけ。ユウの柔らかい唇。頬に触れるユウの細い髪。

 ……我慢……できない。

 私はユウの首に手を回すと、自分から求めた。ユウとのキスに夢中になった。私のキスを優しく受け止めてくれるユウ。それが嬉しくてたまらなかった。

 ユウがゆっくりと顔をあげた。

「杏奈……すごく積極的」

「ッ……」

「いやじゃないの?」

「……うん」

「どうして?」

「そ、それは」

「もしかして……嫉妬?」

「ッ……そ、んなじゃ」

 私は恥ずかしくて口を噤んだ。

 図星だった。ユウは私に夢中なんだと思ってた。けど、違う。ほかの人を抱けるくらい軽い気持ちだった。それを知って、嫉妬心に火が灯った。

 ユウは私のもの。だから、だれにも渡したくない。監禁されたのは私。けれど今は違う。自分から望んでユウを求めている。

 言いたくない。でも、言わずにはいられない。だって、言わないと……また他の人に取られてしまう。

 顔を上げた。それから、ユウをジッと見つめる。すこし驚いた顔のユウ。

「杏奈?」

 私はゆっくりと口を開いた。

「監禁するなら責任もって……私のこと見てよ……」

「え?」

「なんで……あの人とはするのに……私には……してくれないの?」

「……杏奈、それって」

「私……ユウと……したい」

 言ってしまった。こんなこと言いたくなかった。でも、言ってしまった。

 自分からしたいなんて、恥ずかしくて情けないことをストーカーに。私、なんて淫乱なの……?

 もぅ……やだ……。

 涙がこぼれそうになった。 その時だった。ユウがいきなり私を抱き上げた。突然宙に浮いた私は、慌てて足をばたつかせた。

「っ……ユ、ユウ!? ちょっと、なにするの?」

 けれど、ユウは何も言わない。無言で私を抱えていく。

 廊下を出て、二階へ。ドアを開ける。そこはユウの寝室だった。ユウがベッドに私をおろす。

「ねぇ、杏奈」

 私にキスを落とす。

「っ……ん」

「ごめん……」

 突然ユウが謝った。私は首を傾げた。

「え、」

「杏奈を傷つけるようなことして……わざと見せつけたりして……ごめん」

「ユウ……」

「嫉妬……してほしかったんだ。ほんとうにただそれだけだった。他の女の人なんて、どうでもいい。杏奈とじゃないと、気持ちよくなれない……」

 そう言ってユウは、切なげな表情を浮かばせた。私は、ギュウッと胸が締め付けられた。そして、ユウへ甘い感情が膨らんでいく。私は自分からユウにキスをした。

「ぁ、杏奈?」

 驚いたようなユウの声。私は勇気を出した。ちゃんと伝えようと思った。言えなかった。けれど、ほんとうはずっと言いたかった。

「ユウ……私……あなたが好き……大好き。したい。お願い……」

「…………杏奈」

 伸びてくる手が私を包み込む。見つめ合って、それからキスをした。

 ーー落ちていく。落ちていく。快感に、落ちていく。

 私たちは愛し合った。ユウの熱い身体。私の熱を帯びた身体。ふたつがひとつになる。なんども繋がった。

 私を見るユウの視線。優しく抱きしめるその腕。抱かれるたびに、私は声を漏らした。

「もっと泣いて」

「ッ……ん」

「そう。そっちのほうが興奮する」

「ユウ……」

 こんなに気持ちいいと思ったのは初めてだった。終わった後、ユウが猫のように甘えてくれた。

 ユウは私のストーカー。そして、私の愛する人。

 私……もう家に帰りたくないな。ストーカーのユウに私は溺れていく。

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