溺愛ー1
それ以来、私は歯向かったりしなかった。ユウの言われるまま、お風呂へはいったり、ご飯を食べたり、着替えをした。
彼はいつも私にプレゼントを買ってきてくれた。服や雑貨。お化粧品やアクセサリー。
私の好みを知っているユウ。すべて気に入った。私は次第に心を許すようになった。
「ユウ」
「なに?」
「トイレに行きたい」
「うん。いいよ」
ユウが私を、キュッと抱きしめる。
「杏奈……可愛い」
「……うん」
ユウは逆らわなければ優しかった。私が逃げ出さないとわかってからは、拘束具を解く時間も増えた。トイレにも行かせてもらえるし、ご飯も食べさせてくれる。
私はこの生活がわりと気に入っていた。ユウから求められても、受け入れるつもりだった。けれど、ユウはなにもしてこなかった。
ユウは私に触れたいのだとばかり思っていた。私の気持ち良さそうな顔だとか、彼へ夢中になる私を見たいのだろうと思っていた。
けれど、そうじゃなかった。いつもユウは平然としていた。余裕な表情で楽しんでいた。好きだ、と私に言う。けれど、私を抱こうとはしない。
普通なら捕まえたその日に無理やり抱くのではないだろうか。一日中、そばで私を愛でるのではないだろうか。
それなのに、ユウは違う。胸に触れさえもしない。私が、それを願っていてもーー。
ユウの艶めいた瞳。透きとおった声。凛とした姿。そのどれもが、私を魅了させる。
あぁ、ユウ。あなたに触れられたい。もっと愛されたい。縛られたままでいい。それでもいいから、私を抱いて。お願いーー……。
そんなふうにして悶々と過ごしていたある日のことだった。ユウが女の人を連れて帰ってきた。
「おじゃましますー」
女の人の声を聞いて、一驚した。声の感じからして若そうだ。やけに甲高くて、妙に色っぽい。
そう言えばユウが昨日言ってた。大手取引先の受付嬢から会いたいと言われている、と。
私は悔しかった。取引先の受付嬢だからという理由で、ユウから優しくしてもらえる女の人が羨ましかった。
「無理言ってすみません。突然家に行きたいなんて言っちゃって」
「平気。むしろ来てくれて嬉しいよ」
「おかださんからそんな風に言ってもらえるなんて……幸せですっ」
その言葉に、動きを止めた。
ーーおかだ?
……ユウの苗字……おかだって言うんだ。私は知らないのに……。
握りしめる手に力を込めた。
ユウと女の人は、しばらく楽しく話していた。それをじっと聞くしかなかった。拘束されているため、耳をふさぐこともできない。
仲の良さそうな話し声。やけに親しげで、親密な関係にしか思えない。
私と話すときとはすこし違うユウ。どこか大人っぽくて……格好いい感じ。あんな感じで私も対等に話してみたい。
胸が苦しくて落ち着かない。この感情は、なんだろう。
必死で別のことを考えようとした。それなのに、どうしてもユウを思い浮かべてしまう。
繋がれてどうすることもできないのに、不安ばかり抱いている自分が情けない。
私、ばかみたいだ。
やりきれない思いのまま頭を枕に預けた。と、廊下から足音が聞こえてきた。鍵の外れる音がして現れたのは、もちろんユウ。
「やぁ」
なんて言って、平然と笑いかける。
「……ユウ」
拘束されている私は、動けないかわりに思いきり睨んだ。私は怒っていた。この家に女の人を連れて来たこと。
「ユゥ……なんで女の人なんか……」
声を震わせて言った。思わず声を荒げそうになった。
「シィ……静かに」
けれど、ユウは聞こうとしない。人差し指を口にあてながらそばへやってくると、拘束具に手をかけた。
「じっとしてて」
「え、」
慣れた手つきで、彼は拘束具を外していった。怒りと戸惑いのふたつの感情が複雑に絡み合う。
ユウは無言で四ヶ所の拘束具をなんの躊躇もなく解いていった。
「これでよし。ほら、自由になった」
すべての拘束具を外された私。わけがわからない。
「ねぇ……ユウ」
「あれ、見て」
ユウが壁を指差す。よく見ると、壁に小さな穴があった。これまで気づかなかった。ユウが私に微笑みかける。
「見てていいよ」
「え」
「覗き穴」
「……ど、どうして」
「じゃ、またあとでね」
ユウは部屋を出ると鍵を閉めた。遠ざかっていく足音。そして、ふたたびリビングから話し声が聞こえてくる。意味がわからなかった。
な、なんなの?
部屋でひとり取り残された。自由の身になったのに、ちっとも嬉しくない。
それよりも、隣の部屋が気になる。きゃっきゃっとはしゃぐ女の人の声。それを気さくに受け答えするユウ。ふたりのやりとりが、穴の向こうにある。
拘束具を外した理由って、わざわざのぞき穴を教えた理由って、ユウと受付嬢がなにをしているか見せるため?
「それって……ユウの思惑通りじゃない」
ため息まじりに呟く。私はユウの良いようにされて腹が立った。
拘束具がなくなった今、逃げようと思えばなにか手があるかもしれない。できることはあったはずだった。のぞき穴なんて見なくてもよかった。
声が聞きたくなければ、耳を手で塞げばいい。お布団に潜り込んで、耳を塞いでいればなにも知らなくて済む。あとからユウがなにを言っても、見てない聞いてない。そう言えばいい。
……なのに、だめだった。声、音……そして、視覚。穴の向こうにある景色が気になって仕方がない。
隣の部屋でユウと受付嬢はなにをしてるの? どんな風に笑ったりしてるの? 女の人の顔……私より美人かな。
ゴクリと息を飲んだ。そして、ゆっくり歩みよると小さなのぞき穴に瞳を合わせた。
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