口渇ー1

 時計の針がぐるぐると何度も回る。ユウは来ない。襲ってくる口渇感ーー。

 喉が……カワイタ……。

「ユウ……まだなの……?」

 時計をただ眺めていた。すると、遠くから足音が聞こえてきた。数秒後、ドアが開く。

「ただいま。元気してる?」

「ッ……ユ」

「あれ、声出ないの? 可哀想に。でも、ほら見て」

 ユウがカバンからペットボトルを取り出した。私は、残った力で顔を上げた。水がある。

 もう丸一日なにも飲んでいない。私は叫んだ。

「ッ……ち、ちょうだい」

「なに?」

「く、くださぃ。飲みたい……っ」

「どうしようかなぁ。朝はすぐに好きって言ってくれなかったし」

「好き」

「え?」

「好き。あなたのことが」

「んー、僕の名前も言ってほしいなぁ」

「ッ……ユウのことが……好き……大好きッ……!」

「ほんと?」

「うんっ、だいっすき!」

 ユウが口を緩める。

「ーーそう。わかった。いいよ。水あげる」

 彼がペットボトルの蓋をあける。早く飲みたい一心で口を開けて待った。

 ユウが立ち止まり動きを止めた。

「は、早く……」

「待って」

 そう言ってじらす。私は、ユウの手元をじっと見つめる。けれど、ユウはなかなか私に与えようとしない。

「ユウ……っ、おねがい……お水飲ませてっ」

「飲みたいの?」

 コクコクとうなずく。

「口移しでいいなら、いいよ」

「え?」

「口移し」

 ユウが、自分の口に持っていくと含む。そして、ゆっくりと顔を寄せてくる。喉の渇きはもう限界だった。もうなんでもいい。水がほしい。

 ユウの口から一滴の水がこぼれ落ちる。それを舌で受け止めた。舌から伝わる水。数日ぶりの水に身体が喜びの悲鳴をあげた。

 おいしい。たまらなくおいしい!

 けれど、それだけじゃたりない。まだ身体はカラカラだった。ユウを食い入るように見つめた。

「もっと……もっとちょうだいっ」

 ユウがニヤリと笑みを浮かべた。そして、ペットボトルの水を含むと、顔を寄せた。

 ポタリポタリと私から十センチほどの高さから垂らしていく。その量はほんとうに少なく、逃すまいと必死に舌を出した。ユウは焦らしながら口の中にある水を私に与えた。たとえ一滴ずつでも水は水。ユウの口が落ちてくる水滴は、それは美味しかった。

「……おねがいっ、もっと」

「まだほしいの?」

「っ……ほしいです」

「じゃあさ、キスして」

「……なんでもします、なんでもしますから」

 ユウが顔を近づけてくる。その唇に自らキスをした。

 相手が誰であるとか関係ない。ただ水のことだけしか考えられなかった。

 柔らかいユウの唇になんども口づけをする。彼はそれに満足している様子だった。

 ひとしきりキスをしたあと、ユウが顔を上げた。

「杏奈のキス積極的。すごくよかったよ……ご褒美あげるね」

 そのあと、ようやくユウがたくさんの水を飲ませてくれた。

 部屋を出る前、ユウは満面の笑みを浮かべてささやいた。

「杏奈……大好きだよ。もっといろんな表情を見せて。もっと僕を見てーー……」

 それから、背を向けて離れていく。私はなにも言わず、部屋から出ていく彼を見送った。喉に潤いが戻ってきたことにほっとする。

 よかった……。

 地獄のような苦痛は、しばらくないだろうと安堵した。

 けれど、すぐに後悔することになった。


 一時間くらい経っただろうか。私は、身体をよじるようにして唸った。

「トイレ……っ」

 今度はトイレに行きたくなってきた。ユウは部屋を出て行ったっきり戻ってこない。

 腕は拘束具でガッチリと固定されたままだ。お腹を押さえることもできず、私は押し寄せる感覚に身体を震わせた。

 こんなことなら、あんなにたくさん飲まなきゃよかった……。

 監禁されて、トイレに行きたくなったのは初めてだ。

 ……ゆう……早く部屋へ来て!

 ガチャ……ン。

 ドアの開く音がした。

「杏奈」

 ユウが入ってきた。

 言わなきゃっ!! ユウの機嫌を損なわないようにさえすればっ……!

 私は可能なかぎり顔を上げて言った。

「ユウ……っ、トイレ」

「なに?」

「トイレ……行きたいです」

「トイレ?」

「はい」

 この機会の逃すわけにはいかない。私は必死な顔で、ユウを見つめた。

「トイレかぁ……うーん。そうだよね。ここへ来て一度も行ってないもんね。どうしようかなぁ」

 ユウは、しばらく考えていた。ただトイレに連れていけばいいだけなのに、そんな悩むことなどあるのだろうか。

 私は、ジッとユウの反応を待った。

「ユゥ……私……はやくトイレに……」

 思わず甘い声をもらす。

「うーん、そうだなぁ。じゃあさ、ゲームしよ」

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