第103話『過去と未来が交差する、魔王ヴェルグラの地底都市ー攻防戦⑥』

 ピッ……ピ、ピッ! “現在の時刻、03:30”。

 3時間30分経過……悪魔の大厄災まで、残り2時間30分。



 私とミトラさんは、龍人たちに案内されて、魔王の神殿の奥深くへ。


 私の強気な説得? 必死なお願いで、魔王ヴェルグラ様に謁見えっけんすることは許されました。でも、私とミトラさん、二人だけです。


 同胞の吸血鬼たちや、人間の冒険者たち……他の皆は、魔王の親衛隊と一緒に、湖畔の遺跡―古代エルフ文明の遺跡、その入り口付近で待機してもらっています。まあ、人間の冒険者たちは間違いなく、人質ですね。



 私は、白い瞳のグローリア。


 堕落神―不死なる名も無き神の娘として、魔王に謁見えっけんする。同胞の吸血鬼たちの為にも、養母様おかあさまのためにも、恥ずかしい真似はできない。



 私だけでなく、ミトラさんも一緒に来てくれたのは嬉しいです。一人だと心細いから……ありがとう、ミトラさん。





 ここは魔王ヴェルグラの地底都市―下層の大空洞、最深部の秘匿の間。




 若葉色の光を放つ魔晶の木々が、遺跡の内部にまで侵入している。


 私たち吸血鬼には必要ないけど、龍人たちには、照らす光は必要だ。龍人たちは夜行性ではなく、日中行動している。暗い場所だとよく見えないし、夜は眠たくなる。



 “今は戦争中だぞ? ふざけているのか?” 私たちを案内してくれている、龍人はそう言った。非常事態でなければ、きっと休息とっているはずなのに……。




 私とミトラさん、龍人たちは、若葉色の光に照らされながら、遺跡の奥へと進んでいきます。



 そして、私たちの眼の前に現れた、大きな石の扉が、親衛隊の龍人たちによって、ゆっくり開かれていく。



 そうここは、私たちの目的地。私とミトラさんは、地底都市の最深部―堕落神の秘匿の間に到達したのです。




 堕落神の神殿―最深部の秘匿の間。


 ミトラさんと、龍人たちは石の扉付近から動かない。私だけ一人で、ゆっくりと前へ進んでいきます。



 魔晶の木々が、石の壁を支えている。秘匿の間は奥行きがあり、高さもあって、様々な魔晶の木が生息する、綺麗な庭園に見えます。



 一人の女性が、ふちに立っています。龍人の女性は、青い光を放つ、ある入り口、穴のふちに……。



 彼女は、始まりの魔王ヴェルグラ。


 龍人の証である、頭部の角は白色。青い光を帯びていて、とても綺麗。人間でも、魔物でも珍しい、鮮やかな緑色の髪は、彼女を際立たせている。


 手入れされている長い髪、高価なドレスやコートを着こなす、彼女はとても綺麗だった。



 龍人の魔王ヴェルグラ。知的な良き王として、龍人や吸血鬼、魔物たちを先導して、立派な地底都市を作り上げた。魔物の堕落神が封印され、邪神フィリスの騎士が襲撃……多くの仲間を失い、彼女は人間を恨み、壊れてしまう。



 未来では狂王となり、人間の都であるラス・フェルトを襲撃する。狂王は邪神フィリスを恨み、人間を許さない。


 でも、今ならまだ間に合う。彼女が狂王にならない様に……そんな未来もあるはずです!



 始まりの魔王は、私に気づき、私を見た。そして、微笑みます。



「あらあら、堕落神―名無し様に……。

 お母さんに会いたくなったの? 貴方は駄目な子ね。


 私は貴方に、ここから逃げる様に言ったはずよ?



 グローリア。可愛い吸血鬼ちゃん、どうして、ここに戻ってきたのかしら? 

 龍人のお姉さんに……私に教えてくれる?」



 私大丈夫、きっと大丈夫。私は重傷を負って、記憶喪失。そういう設定……よし、私、ちゃんと思い込んで。



『魔王ヴェルグラ様、お恥ずかしいことなのですが、

 私、重傷を負った時に、記憶も失いまして……。』



「そう、じゃあ、私のことも覚えていないの?」



『申し訳ございません! 殆ど覚えておりません。

 でも、魔王様が聡明で、ご立派な方であることはー。』




 その瞬間、転移魔術。魔王の姿が消えた。


 魔術の構成がとても綺麗。呼吸も乱すことなく、私のすぐ傍に……龍人の魔王が現れて、そっと、私の右肩に触れた。『!? 霧の人形みたい。保有している魔力が多いのかな。


 たぶん、堕落神の魔力も使用して、巨神グレンデルかな。堕落神の繋がりを保つ、始まりの魔王……普通に強いね。』



「グローリア、そういうことは聞きたくないわ。

 何か、私に隠していることがあるでしょう?



 魂はとても正直よ? 隠そうとしても、内側から溢れる思いは、

 そう簡単に偽れない。偽るのは難しいわ。貴方は正直者だから、余計にね。」




 魔王の綺麗な手が、私の肩から離れて、ゆっくり私の首へと近づいてくる。



「グローリア、貴方は堕落神のご息女よ?

 貴方には吸血鬼たちを導く、責任がある。



 魔王として、貴方に命じます。

 “隠していることを、偽りなく、私に話しなさい”。」



 魔王の細い指が、私の首に触れた。私は避けずに、逃げずにただ考える。『隠していること? えっと、でも、霧の人形のことを話しても、信じてくれるとは思えない。


 だって、“私は未来から来ました。信じて下さい!”と言って、信頼されると思う? いや無理だよ。今は非常事態だし……じゃあ、何て言えばいい!?』




 私は魔王の問いに、すぐに答えることができなかった。


 沈黙が続いて、魔王の手が私の首を、絞め始める。息ができず、私が苦しいのに、なぜか龍人の魔王も、とても辛そうだった。



「私に話せないの? 私にも隠すのね……とても残念だわ。

 グローリア、どうして? どうして貴方も、私を裏切るの?」

 


 徐々に、魔王の手の力が強くなる。呼吸ができない。まずい、このままだと死んでしまう。私は咄嗟に、彼女の腕を握った。



 彼女を傷つけないと、私は殺されてしまう。でも、今、この場で魔王を傷つけたら、私たちは反逆者だ。絶対に、そんなことはできない。




 同胞の吸血鬼たちや人間の冒険者たち、皆殺されてしまう。




 始まりの魔王ヴェルグラは、とても辛そうに、私に伝えた。龍人の魔王は、今にも壊れて狂ってしまいそうだった。



「グローリア、私に教えて。何を隠しているの?

 貴方が、邪神フィリスの憎き騎士どもを、この地底都市に招いたの?



 貴方も、私を裏切るの? 貴方も、私から離れていくの?」




『くぅ……かはぁ……。』



 私の気道の中に残っていた、最後の空気が外に出た。もう音もでない。



 まずい、本当に死んでしまう。吸血鬼って死んだら、どうなるんだろう? 私、甘いね。この魔王は……傷つけたくない。だって、とても苦しそうだから。



「貴方は、私を信用していないから、真実を話さない。


 貴方も、私を裏切るのね。

 それなら、貴方も、私の敵よ。



 裏切り者よ、ここで死になさい。母親のすぐ傍で……。

 私が、姉として殺してあげるわ。」




 おかしいね、私が殺されそうになっているのに。


 どうして、龍人の魔王、彼女が泣いているの? 彼女も誰かに、首を絞められている様に……辛そうだよ。


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白い人形が不幸になれば、世界は救われます 星の狼 @keyplanet

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