第99話『Code8.第8の刻―希望の聖痕は、人や魔物の魂を招く。それは未来改変の布石なり①』

 ピッ……ピ、ピッ! テラ・システム、希望の魔女の命令コマンド実行中……範囲は、現存する全ての世界―五つの層。世界の外にいる天の創造主は除外。


 三つのシステムを確認……ヘブンズ・システム、テラ・システム、女神の霧のシステム。


 “天国と精霊の世界”:ヘブンズ・システムが掌握・制御。



 “異界”:テラ・システムが掌握中……必要な日数は、天文学的数字:∞。


 希望の魔女、時の魔術を行使。テラ・システムの処理速度を加速……加速、加速。異界には、あらゆる時が交差して、数えきれない程の世界が存在。


 “霧の世界フォールと地獄”:女神の霧のシステムが掌握・制御。


 テラ・システムが、異界を掌握・制御したのち、三つのシステムを統合。統合されたシステムによって、五つの層を維持可能……天の創造主が消滅しても、現存する全ての世界に悪影響なし。


 統合されるシステム、“世界樹の出現”まで……希望の魔女の命令コマンド実行中。




 ピッ……ピ、ピッ! “現在の時刻、01:00”。

 1時間経過……悪魔の大厄災まで、残り5時間。




 私は、白い瞳のグローリア。


 名前の■■■は、まだ分かりません。皆さん、大変です。大きなトカゲがいます。街の城門ぐらい大きい、翼をもつ赤い鱗のトカゲ。



 その巨大なトカゲが、トンネルにはまっています。おかしいですよね? なにしてるの、このトカゲ。狭くないの? 明らかに窮屈でしょう?


 大きな翼もあるし、これ赤いドラゴンですね。



 赤い鱗をもつ、大きな尻尾が左右に揺れています。尻尾側からトンネルに入って、はまっています。この先に少し進めたら、広場などの大きな空間に出られるかもしれないけど……トカゲがはまっているので、通れる隙間はなさそうです。



 魔王ヴェルグラの兵士、トカゲに似た人型の魔物とかはトンネル内にいません。まあ、赤いドラゴンが“通せんぼ”しているからね。向かい側からも通れないでしょう。


 私だけ先行して、様子を窺いにきました。ですが、この先は進めそうにありません。転移魔術で私は行けても……もし、この先ですぐに敵と戦闘になれば、同胞の吸血鬼たちには無理ですね。


 もしかしたら、この赤いトカゲ。吸血鬼の居住エリアの近くで寝ていることから、仲のいいドラゴンさんかもしれません。



 私は赤いトカゲに気づかれない様に、隠れて息をひそめて、引き返します。すぐに、皆と合流です。




「あ~、それはまずいですね。この道は諦めましょう。

 龍種、龍人には関わらない方がいいです。



 グローリアお嬢様、申し訳ございません。

 やはり、私たちが様子を見に行くべきでした。」




 うん、やっぱり仲のいいドラゴンではなかったです。双子の女性の吸血鬼、教師のハルトさんがぺこっと頭を下げて謝ってくれました。



『ハルトさん、大丈夫です。私は大丈夫ですから、

 謝らないで下さい。私が無理を言って、様子を見に行ったから……。


 では、皆さん。ここは通れません。

 地下へ向かう為に、別のルートを探しましょう。』



 私は、同胞の吸血鬼たちと相談です。私たちがいる場所は居住エリアの一番下、この下には空気が流れる大型のダクトや昇降機が、多数設置してある中層エリアになります。


 中層エリアには平時なら、民間人?(戦闘員ではない魔物)はおらず、霧の魔術を行使できる魔術師たちが夜間に研究していたり、交替制で守衛しゅえいとして、さらに下にある大空洞を防衛したりしているそうです。


 あ、因みに、皆に怪しまれない様に、私は記憶喪失ということにしています。



「昇降機があるところへ行きましょうか?」



「いや、それはやめよう。同胞の吸血鬼がいればいいですが……。

 この先にトカゲがいたことを考えると、

 ヴェルグラの兵士が、我々の支配領域にも侵入しているかもしれません。」



 私も意見を出しました。知らない兵士がいる。普通に怖いし……皆を守りたい。守れるなら、敵の血で、私の手が汚れても構わない。



『もし、魔王の兵士と遭遇したら、殺すしかないですね。』



「え、お嬢様……そんな物騒なことを……。」、「お嬢様、いけません。そんなこと……おっしゃらないでください。」



 私はぽつりと呟いた。だって、皆に危害を加える可能性がある敵は、排除しないと……そう思ったんだけど、皆の反応がおかしい。えっと、私がおかしいのかな? 皆、驚いてしまっています。


 教師のハルトさんが、子供に伝える様に教えてくれました。ハルトさんとマルトさん、大人たちからすれば、私も子供ですからね……。



「あの、グローリア様、本当に記憶を無くされてしまって……。

 お嬢様、ここは魔王の地底都市です。


 我ら、吸血鬼と龍種……種族は違えど、同じ魔物。

 古代からエルフを憎み、人と敵対する仲間です。



 地底都市で、魔物同士の戦闘は一番やってはいけないこと、禁忌ですよ?

 

 人が攻めてきている非常事態なら、

 なおさら、魔物同士で協力しなくてはいけません。



 この先で道を塞いでいるトカゲも、邪神の騎士を通さない為でしょう。



 。お嬢様、決して、そんな野蛮なことはしてはいけません。


 我ら魔物は、人より優れた、上位の種族。

 常に人殺しをしている人間どもとは違う、優れた種族なのですから。」



 迷い星フィリスの人がもっている、魔物のイメージ。暴力的で、残虐な生き物という、固定観念ステレオタイプがあさっり砕けた気がした。



 ※ハルトさんのまるわかりガイド~魔王ヴェルグラの地底都市~。


 過去1年間、この魔王の地底都市では、魔物同士の殺し合いー魔物殺しという凶悪な事件は発生していないそうです。



 それだけ、堕落神によって統制されていた社会だと言えますが、悪いことが起こっていないことは、魔物にとってもいいことです。



 ただ、魔王の兵士―トカゲ兵士は、食欲旺盛。基本、水の中で生活しているので、魚などの水生動物を食べて生きているらしいですが……お腹が減ってきたら、普通に陸上の動物も食べます。まあ、普通に雑食ですね。


 大きなドラゴンも、人間を襲うことは滅多にないそうです。そもそも、魔物の大陸に人間がいないこともあるけど。



 魔王の命令もあり、龍種たちはお腹が減ってきても……吸血鬼のことを腐っていると言って、食べようとはしないそうです。『複雑な気分です。食べられないのは嬉しいけど……腐っているとは言われたくないな~。』



 私たち、吸血鬼の食べ物は血です。人間に限定されておらず、どんな動物でも問題なし。でも、食料が減ってきたら、苦肉の策で、植物からも水と栄養素を吸収して生き延びる。『イメージと違う。植物の幹をかじる吸血鬼……この地底都市なら、人も住めれそうな気がする……確実に変わり者、物好きな人だけど。』



 大きな翼を広げて、空を飛ぶ龍種たちは日中行動して、この都市を防衛する。さっき、トンネルを通せんぼしていた、赤い鱗のドラゴンは眠っていた。


 。夜行性の吸血鬼たちが、龍たちに代わって、都市を守るのだ。


 共存共栄。よく考えられて、吸血鬼と龍種たち、互いに利益がある。住めば都。住んでみて、初めてそこに住む者たちのことが分かる。


 魔王ヴェルグラの地底都市。魔物たち、吸血鬼と龍種たちからすれば、素晴らしい都市だと思う。『これから遭遇する、魔王の兵士の反応によって、龍種たちが仲間だと実感できる……実際はどうかな?』



 皆、意見を出して、話し合っています。ここが統制されている都市でも、武器をもったトカゲ兵士には出会いたくありません。


 もちろん、邪神の機械の騎士には、絶対に会いたくない。



「では、ダクトを降りていくのは?

 空気も新鮮ですし、まだ安全だと思います。」



「大型のダクトを? 飛べない子供たちを抱えて降りるの?」


「あ~、それはいいかも。小さい子なら二人抱えられるし……。」



 皆の話し合いは終わったみたいです。この集団の実質的なリーダーである、ハルトさんが、私に声をかけてくれました。



「では、一番近いダクトへ。ここから30分もかからずに着くはずです。

 お嬢様、行きましょう。大人たちと一緒に、ダクト内を降りてくださいね?」



 ? あれ、私、完全に子ども扱いされてる……記憶喪失だって言わない方が良かったかな。



 ここは、地底都市の中層にある大型ダクト。



 ゴォ―と風が下から吹き上げてくる。地底都市内に、新鮮な空気を送り込む、外気ダクト。大人たちが手で、周囲の柵を壊しています。


 大きな蝙蝠の羽を生やした、大人の吸血鬼たち。彼女たちの手や足は、赤い血で覆われていました。



 これは血液操作、血の凝固化。身体強化―朱色ヴァーミリオンブラッド


 他者の血を奪い、自身の魔力と混ざり合わせて、食料にも、武器にも使用できる。大量の血を保有している吸血鬼だからこそできる能力。『私はたぶん、まだできない。保有している血が足らないから……この能力は使える。新鮮な血でないと駄目なのかな? 死体とか、なんでもいいのなら……。』



 ハルトさんの説明では、死者の血では難しいとのこと。血を吸収して、自分の体内で魔力と混ざり合わせる。この過程に時間かけないと、自分のものにならない。生きている者の血ではない、腐敗した血だと自身の魔力と上手く混ざらないらしい。


 そもそも、魔物の大陸では、死者は魔物―腐った死体アンデッドになることが多い。魔王の地底都市では、魔物殺しはできない。禁忌とされていたことから……最近では、腐った死体アンデッドから血を奪うことを試みた、吸血鬼はいないそうです。



 大型の外気ダクトから、風が吹き上げてくる。


 身体強化―朱色ヴァーミリオンブラッド。大きな蝙蝠の羽をもつ、教師のハルトさんの赤い手が、私の腰をガッチリホールド……下層の大空洞で、地熱によって温められた空気の塊と、地底湖付近の冷たい空気の塊がぶつかっているそうです。


 温かい空気の塊は上昇して、この地底都市に。下層の大空洞には、古い遺跡があるらしい。神が生まれた神生紀以前、古代のエルフ文明のもの。



「憎きエルフたちにとっても、ここは有益な土地だったのでしょう。

 さあ、お嬢様降りますよ? しっかりつかまっていてくださいね?」



『え、ハルトさん、私自分で降りられますよ? 

 ほら、羽だって動かせられるし……ほら、ね?』



 テラ・システム―フェンリル、起動。私の腰から、大きな蝙蝠の羽が生えました。ぱたぱたと動かして、アピールしたけど……。



「駄目です。危ないので、羽を広げないでください。」


『は、はい……。』


 しゅんと羽をたたんで、ハルトさんにしがみ付く。朱色の血を纏う、大人の吸血鬼たちは、大型ダクト内を垂直に落ちていきます。大きな蝙蝠の羽で滑空などはしません。


 子供たちを両腕で抱えて、ダクトの壁を蹴る。その衝撃で、外気ダクトが少し揺れます。ゴン、ゴン、ゴンと吸血鬼たちが踏みつける音が響く。



 双子の妹のマルトさんは、小さな子供たちを抱えて楽しそうに、くるくると回って踊る様に降りていきます。



 双子の姉のハルトさんが、壁に立って、振り返りました。『え、えっと、垂直ですよ……!? 私が落ちる~。ハルトさん、私落ちます~。』



 私が必死にしがみ付いていると、ハルトさんが横抱きーお姫様抱っこしてくれました。これなら、ずりずりと落ちません。恥ずかしいとか言ってられません。安全が一番です!



『あの、ハルトさん、どうしたんですか?』


「いえ、変な音がしました。それで気になったので、

 ダクトの上部の確認を……。


 お嬢様、怖い思いをさせてしまって、申し訳ございません。

 皆、無事に外気ダクトの途中まで降りられたようです。



 私たちも向かいます。危ないので、手足は伸ばさないでくださいね?」



『は、はい。分かりました……。』



 うーん、誰かに運ばれると、任せるしかないからもやもやする。最初から、霧の魔術―火炎魔術の行使で降りることを提案しておけばよかった。『危ないという理由で、絶対に反対されていたと思うけど……。』


 ハルトさんが落下していく。赤い糸の様なものが、ハルトさんの赤い足についている。さっき、ダクト内で止まった時、大樹の根の様にダクトの外に凝固した血の糸を張り巡らせていた様です。魔力が混ざった血は、金属の様に強固になり、ハルトさんを支えた。



 ハルトさんやマルトさん、大人の吸血鬼たちは、これで戦闘員ではない。吸血鬼として、生まれつきの能力……嫌いな太陽の光という弱点はあるけど、潜在能力はとても高い。


 

 大型の外気ダクトの途中―中層の地下通路。


 周囲にある柵を壊して、地下通路に降り立った。私の青いペンダントが皆を照らしています。ここで休憩するみたいですね。



 まだ、私はお姫様抱っこです。えっと、もう恥ずかしいです。皆、笑っているし、小さな子に指さされているじゃないですか!? 



『あの、ハルトさん。降ろして欲しいんですが……。』



「グローリアお嬢様、暫くこのままで行きましょう。

 お嬢様は、私を傷つけてでも、離れようとはされませんから。」



「ハルト姉さん、さっき変な音がした。あれって、グレンデルの……。」



 双子の妹のマルトさんが駆けよって、ハルトさんとお話をされています。えっと、ハルトさん。私は危ないから、このままですか? 



「ええ、たぶん、遠隔探査(ソナー)ね。魔王ヴェルグラが動いた。


 皆、外気ダクトを降りる準備を、何か来るわ。」



 ハルトさんが、私をぎゅっと抱きしめる。外気ダクトの一番近く。子供たちが走って、ダクトに寄っていく。身体強化して、大きな蝙蝠の翼を広げる大人たちは、地下通路の先、暗闇をじっと見ている。



 私には暗くて見えない。身体強化―朱色ヴァーミリオンブラッドによって、視覚や聴覚も強化されている。生物の中を流れる血液を強化することによって、全ての能力を底上げしている。



 魔王のトカゲ兵士? 武器を持っただけのトカゲなんて、ハルトさんやマルトさん、大人の吸血鬼たちの敵ではない気がする。



 邪神の騎士との戦闘の時に、皆が私を止めた理由が分かった。


 本当に逃げ道くらいなら見つけることができたんだ。『は、恥ずかしい。私……皆は戦闘員ではないから力のない、弱いって勝手に決めつけていた。』



 

 彼女たちは、間違いなく魔物の上位種だ。


 龍種と肩を並べることができる魔物。人が恐れる、夜の支配者―吸血鬼。『これが、本来の吸血鬼の姿……ヴァーミリオン・ブラッド。』



 

 地下通路の先に、青い光が灯った。その青い光は、少しずつ近づいてくる。


 

 青い光を浴びて、輝く黄金の杖。魔力が形を成して、金の羽衣となって、その人のあとを追いかけている。




 それは、この地底都市には、絶対に存在しないもの。


 極大魔晶石―星の核。生き残った、堕落神は悪魔の女神によって封印されている。だから、あり得ない。



 そしてその人は、この地底都市には、絶対に存在しない。


 ここは魔物の大陸、人間は住んでいない。ましてや、その人は生まれていないから、ここにいるはずがない。


 

 だけど、その女性を見た時、とても嬉しかった。『ああ、あの人にまた会えた……私の曖昧な記憶。どこかの教会で、赤いリボンと金色の髪の女性からもらった名前。■■■は覚えていないけど、あの人は知っている!』



 彼女は枢機卿。白いローブを纏った、金色の髪の女性。歳は30代くらいで、金色の長い髪を後頭部で……赤いリボンで一つにまとめて垂らしていた。



 枢機卿は頭を下げて、皆に挨拶をしました。彼女が人間だと分かって、明らかに敵意をむき出しにしている、同胞の吸血鬼たちに。




「皆さん、この度の邪神の愚行、深くお詫び申し上げます。

 私は希望の魔女の使者として、ここに参りました。



 

 聖母フレイの代弁者として、愚かな邪神を必ず殺します。



 ですので、どうか、私の声に耳を傾けてください。お願いします!」



 は、もう一度頭を下げました。人間が魔物に頭を下げた。魔王の地底都市―中層の地下通路に、たった一人でいる。しかも、邪神フィリスを殺すと言った。確実に変わり者だ。



 同胞の吸血鬼たちは、枢機卿の言葉を、少しだけなら聞いてくれるみたい。私はとても嬉しい。『お姫様抱っこされてなかったら、ミトラさんに駆けよっていたのに~! ハルトさん、降ろしてください~!』




 ピッ……ピ、ピッ! 統合されるシステム、“世界樹の出現”まで……希望の魔女の命令コマンド実行中。希望の聖痕が、元徳の愛―ミトラ・エル・フィリアに効果を発揮……極星魔術―愛の聖痕、発動!



 Code8.

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