第100話『Code8.第8の刻―希望の聖痕は、人や魔物の魂を招く。それは未来改変の布石なり②』

 私はミトラ。ミトラ・エル・フィリア。それが私の名前。


 私はゆっくり近づく。黒髪の吸血鬼の少女、ルーン・グローリア様は抱きかかえられていて、周りには魔物の吸血鬼たちが……朱色ヴァーミリオンブラッドを纏う、女性の吸血鬼が子供たちを守っていた。


 歩きながら、私の半身に語りかける。「子供たち……これ以上、ルーン様に近づいたら、彼女たちから攻撃されますね。、私はルーン様のお傍にいないといけません。彼女たちが逃走しない様にしたいので、一度杖を捨てます。岩石魔術の支援お願いします。」



「構わぬ、を捨てよ。この距離なら問題ない。

 あやつらは、ただの吸血鬼。戦闘になっても、互いに無傷で済ませよう。


 ミトラ……フィリスの忌々しい文字の魔力が、近くで解放されておる。

 あのダクトから離れたい。もっと吸血鬼たちの注意をひけ。」



 私にしか聞こえない、堕落神の声。私と同化して生き残ることを選んだ、聖母様。私の半身、堕落神―聖母フレイ様。



 私は、大切な杖―星の核を宿す黄金の杖を捨てた。


 カランと乾いた音が、地下通路内に響く。聖母様の杖は砂に戻り、浮遊する金の羽衣は霧散する。


 星の核の青い輝きが消えてしまった。大型のダクト付近以外、暗闇に包まれた通路の中を、私は両腕を横に広げながら、ゆっくり近づく。



「私は、貴方がたと争う気はありません。

 闇を見通す、吸血鬼の眼であれば、私のことがよく見えますよね?


 私は何も持っていません。貴方がたと争いたくない。

 私の敵は魔物ではありません。


 敵は邪神フィリス、狂信者、機械の騎士です。」



 ルーン様の青いペンダントが、吸血鬼たちを照らしている。大人の吸血鬼たちは動かない……けど、囁いている。もし、しっかり聞こえたとしても、私の知らない言葉かな。魔物たちの共通言語なら、私には分からない。



 ここは魔王ヴェルグラの地底都市。普通の人間にとっては、別世界だ。「私の言葉を理解できていないかも……でも、吸血鬼たちは逃げていない。あと、もう少しだけー。」



「人間……それ以上、近づくな!」




 そこで、私の考えは中断させられた。片言な人間の言葉が聞こえたから。



 ルーン様を横抱きしている、女性の吸血鬼が人間の言葉を話した。私は従い、立ち止まる。あと、5~6m。ここまで近づけたから、ルーン様の青いペンダントの光が、私にも届いた。「? あの女性の吸血鬼が、この集団のリーダーかな。ルーン様を抱いているし……すぐに、力で排除しない。人間の言葉も知っている。


 今、一番言ってはいけない言葉は、ルーン様のことね。堕落神―不死なる名も無き神のご息女。彼女たちは子供たちを……を、命を懸けてでも守りたいはず。」



 さて、どうすれば、私の言葉を信じてもらえる? 



 残念だけど、邪神フィリスのせいで、言葉だけでは無理かな。行動で示すしかない。私はもう一度、頭を下げた。そして、その場に正座した。



「ミトラ……そのダクトから離れたいのだぞ?

 吸血鬼の糸が、我らを狙っている。そこに座って、どうやって逃げるのだ?」



「聖母様、岩石魔術で運んでください。真下へ、下層の大空洞まで。

 私は怪我をしても構いません。ルーン様を最優先で、守ってください。



 あ、でも、私も死なない程度に……深手を負わない様に守って欲しいです。

 大丈夫です、フレイ様ならできますよ。」



 私と聖母様の秘密の会話。同化しているものー直接、魂に触れているものにしか聞こえない。



「無茶なことを……ここには多くの魔物がおる。

 フィリスの騎士によって殺されていたかもしれんが……。


 ミトラ、自らの手で、魔物を殺すことになってもいいのだな?」




「聖母様……覚悟ができていなかったら、ここに来ていませんよ。」



 刹那、赤い糸が、私の首を切った!


 私の首を切った、吸血鬼の糸。滴り落ちる私の血は、赤い糸に吸収されている様で、糸より下に落ちない。



『!? ちょ、ちょっと、ハルトさんー。』



「お嬢様、お静かに!……私たちの都市に勝手に入ってきたのは、その女です。

 不法侵入、私たちの法で裁かれても仕方がありません。」



  それが、彼女の名前かな。ルーン様がおっしゃった言葉は、理解できた。ハルトと呼ばれた吸血鬼の言葉―魔物の共通言語は分からない。


 吸血鬼が纏う、朱色ヴァーミリオンブラッドが赤い糸となって、石に突き刺さっている。



「大型のダクト、忌々しい文字が落ちてくる。

 ミトラ……我を、神具を呼べ。岩石魔術を行使するぞ。」



 金属の様に固い糸。吸血鬼の赤い糸は止まっている。ルーン様を抱える吸血鬼は、糸を動かさない。私は正座したまま、吸血鬼の赤い眼をじっと見た。




「人間、お前は死にたいのか? お前の目的はなんだ?」




「私の目的?……愚かな邪神フィリスを殺すことです。

 ハルトさん、貴方には理解できないかもしれませんが……。

 


 


 希望の魔女様の為に、全てを集めないといけません。

 人や魔物の魂、堕落神、霧の人形、星の核、七つの元徳と大罪を……。



 未来を改変する為に……愚かな邪神を殺して、二度と再誕リバースしない様に、

 邪神の元徳―正義を奪います。」



 私が吸血鬼の言葉に答えると、地下通路に変化が生じた。柔らかくなり、砂が現れる。私の目の前に、大量の砂と共に、聖母フレイの星の核が……。



「!? 欲深き人間の女よ、貴様も同じだ。邪神の騎士と何も変わらない!」



 吸血鬼ハルトの赤い糸が、私の首をはねようと、再び動き始めた。聖母の砂が結晶化。強固な金の羽衣となって、私を守ってくれる。



 地下通路は、聖母の砂の池と化した。どんどん沈んでいく。真下へ運ばれていく、吸血鬼たちの赤い糸が、幾度も襲ってきた。



 良かった、私の羽衣を切り裂くことはできないみたい。私は、目の前に現れた杖を持って立ち上がる。聖母の星の核が、強く青く輝いた!



「私は、聖母と共に歩む。我らの神具―ガイア・イドゥンの杖よ!

 我らの砂よ、強固な壁となり、吸血鬼たちを守れ!」




 その刹那、大型の外気ダクト、上から何かが落ちてきた。



 それが一瞬だけ見えた。邪神フィリスの機械の騎士だ。



 だけど、騎士の上半身だけ……地底都市の魔物か、霧の悪魔に壊されたのか、酷く損傷している。機械の騎士の胴体、人の魂を封じ込めている、騎士の動力源が、すでに露出して―。


 聖神フィリスの極星魔術―“聖なる火”。




「忌々しき、邪神フィリスよ!

 再生の聖痕をもたらす、ルーン様に近づくな!」




 閃光がはしった。凄まじい衝撃と爆音。

 



 中層にある大型の外気ダクトや昇降機、そして地下通路。そこにあったものが、全部吹き飛んだ。膨大な熱と衝撃波によって、大地は陥没……荒々しい炎は、中層エリアの下、下層の大空洞まで到達したのである。





 ここは魔王ヴェルグラの地底都市―下層の大空洞。



 ガラガラと、焼け焦げた岩が落ちてくる。



 大空洞の中、球体は砂に戻っていき、砂の絨毯になって、まだ空中に浮かんでいた。



 岩石魔術による重力操作と……言うは易く行うは難しだ。



 ミトラは、岩石魔術を極めた、聖母フレイの力を示す。無傷の吸血鬼たちを乗せながら、砂の絨毯は下へ下へ、降りていく。




 Code8.第8の刻―希望の聖痕は、人や魔物の魂を招く。


 希望の魔女ノルンは過去や未来を改変し、正しき時を流す……魔女によって、忌まわしき信仰が現れる。




 、神具の杖を持ちながら呟いた。



「我らの敵、天を狂信する者―狂信者デュレス・ヨハン。

 この狂信者を殺し、元徳の信仰を奪うぞ? 


 未来を改変する為に……二度と、再誕リバースせぬ様に、

 邪神を狂信する者には、ここで退場してもらおう。




 さて、魔王ヴェルグラの地底都市、攻防戦。これからが本番じゃ。

 ミトラ、其方の覚悟を見せるときだ。」




 ピッ……ピ、ピッ! 統合されるシステム、“世界樹の出現”まで……希望の魔女の命令コマンド実行中。



 希望の聖痕、元徳の信仰―デュレス・ヨハンに効果を発揮……極星魔術―信仰の聖痕、発動。



 元徳の信仰の保持者―狂信者デュレス・ヨハン。天を狂信する悪魔が、希望の魔女によって上書きされて、Code8~.第八の刻に出現を確認!


 

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