第96話『戦乱の真っ只中! 魔王ヴェルグラの地底都市、攻防戦①』

 私の近くに、皆が集まってくる。皆が心配してくれている。どこを見ても、疲れた顔。泣き疲れて、目が赤くなっていたり、土で肌が汚れたりしている。


 あちこちにいる同胞の吸血鬼たち。傷口に巻かれた、汚い包帯。包帯をしている小さな子供も多く、とても痛々しいです。



 私は、白い瞳の■■■・グローリア。


 みんな、傷ついている。眠っている赤子を抱いた、若い女性もいた。民間人……人ではないけど、この言葉ぴったり。皆、戦闘員ではない。


 古い石造りの遺跡にも見える。薄暗い、埃が多い部屋。ここはたぶん、避難所だね。ここにいるものは力のない、罪のない魔物たち。


 私の同胞、光に嫌われた吸血鬼たちだ。



 近くにいる同胞の吸血鬼が教えてくれました。ここは、魔王ヴェルグラの地底都市。私は、養母様おかあさまが支配していた、魔物の異端者死にぞこないが集う、居住エリアにとばされたようです。



 皆、この避難所で、怯えて隠れていた。そこに突然、青い水晶のペンダントー天国の鍵の青い光と共に、名無し様のご息女わたしが現れたものだから……余計にパニック。


 皆、どうすればいいか分からず、混乱してしまっています。



 魔王ヴェルグラの地底都市は、魔物の堕落神が封印されて……堕落神の各システムは殆ど機能しなくなったはず。魔力(魔晶石の微粒子) だけが供給され続けている。


 こんな状況では、養母様おかあさま忠臣ちゅうしん、シャノン様に私のことを伝えるのは難しそうです。




 うん、悩んでいても仕方がないね。ここにいる皆が傷ついている。私には、天国の鍵(天のピース)がある。星の核程ではないけど、魔力は充分。


 どんな傷も、効率よく癒す。神の奇跡と言える様なものがあった気がする。



 でも、思い出せない。今の私でも……できる限り、皆を癒してあげよう。



 とりあえず、12種類の上位魔術のひとつ、傷を癒し活性化させる回復魔術を行使してみる。女神の霧に、回復魔術は効果ありと教えてもらったので、これで傷つけてしまうことはない。


 私たちは、魔物の異端者死にぞこないって言われているけど、ただ嫌いな光があるだけ。確かに、身体的に違うところはあるけど、人間に似ているところも多い。



「!? グローリア様、いけません! お体に障ります。」


「いけません、私たちの様なものに、

 その様なことをなさらないでください。」



 ? 私が小さな子供の傷を治していると、皆が驚いて止めた。どうやら、養母様おかあさまのご息女は、とても非力で有名だったみたいです。


 霧の上位魔術を行使する。そんな危険な行為、とんでもない。ご息女わたしは、名無し様の民から愛されて育った、深窓の令嬢だったのかな?



『皆さん、大丈夫ですよ。ほら、私は大丈夫です。

 痛いところを見せて下さい。


 私でも、これくらいはできそうだから。』



「グローリア様……我々は、お嬢様の安全だけを願います。

 どうかご無事に、惑星テラへ。


 我々は肉体を失った時、神のもとへ帰ります。

 名無し様にお会いするのですよ?」



「そうです。お嬢様、おやめください。

 もし、お嬢様に何かあれば、名無し様のもとへ帰る気にはなれません。」


「どうか、ここからすぐに避難しましょう。

 私たちでも、逃げ道くらいなら見つけてみせます。」




 私の近くにいた同胞の女性たちが、私の腕をもったり、背中を押したりして、この場所から私を移動させようとする。ここが避難所なのにね。


 皆、分かっているのに。ここしか逃げる場所がないって。



 えっと、今の状況なんだけど……自然の中で動物たちが、親が子供を守る時、一番真ん中に子供を置いて、子供の周りを大人たちが壁になって進む。これに似ている。私は力のない、守るべきもの。何が何でも守ってあげないといけない、罪のない赤子。悔しいな、そう思われるの。


 私より小さな子がいるのに。小さな子は泣かずに必死に、大人について来ているのに……みんな、自分の子供がいるでしょう? 守りたい家族が傍にいる、幸せなものは、一人もいないの?


 急に現れた、私より家族を守ってよ。私は傲慢な霧の女神様に、ただここにとばされてー。



「!? 皆、気をつけろ! フィリスの騎士だ!」



 誰かが叫んだ。この言葉、どれ程の恐怖かな。今すぐにでも、大声を出して、泣き叫んで、逃げ出したいはずなのに……私の周りから、皆はいなくならない。



 息を殺して、集まって、逃げ道を探している。


 きっと、もう出口はない。みんな、分かっているから、松明などの光もつけず、薄暗い埃まみれの部屋に隠れていたのに。


 あ~、やっぱり嫌。私は守られるより、誰かを守っている方が性に合う気がする。



『ごめんね、皆、すぐに終わるから……ここで動かないでね?』



「!? いけません、お嬢様!」、「お嬢様、おやめください!」




 終末のノアの箱舟-魂の貯蔵庫。


 この天国の鍵のお陰で、保有している魔力はいっぱい増えた。さっきの様に、魔力不足で頭がふらふらしたり、目が霞むことはない。



 私は転移魔術で、少しだけとんだ。転移魔術でとばないと、周りの大人たち、特に女性たちが必死に隠そうしてくれていたから、すぐに出られなかった。


 

 私の天国の鍵が、周囲を青く照らす。私の目の前には、地底都市に侵入した、機械の騎士がいた。2mもある大きな金属の塊は、平然と何かを踏み潰した。



 暗くてよく見えない。暗くて良かった。


 フィリスの機械の騎士は、真っ赤だ。魔物の血で汚れている。機械の手がもつ、ロングソードには魔物の衣類の切れ端がくっ付いていた。



 フィリスの機械の騎士は、何も語らない。


 私も話さない。ふぅ~と息を吐いてから、テラの大樹と女神の霧に意識を向ける。私の後ろから、悲鳴が聞こえた。周囲には、私の目の前にいる騎士しかいない。私を心配して、同胞たちが叫んでくれた。



 フィリスの機械の騎士が、右手にもつロングソードを振り下ろす。うん、みんなの声援に応えないとね! テラ・システム―フェンリル、起動!



 私は霧の中から呼んだ小型の剣-ダガーを左手でもつ。


 巨大な塊、騎士のロングソードを受け止めるのはできない。左手に物凄い重みがかかった。ダガーで受け流しながら、騎士の力も利用して、右方向に踏み出す。


 機械の騎士は右手を引きながら、左手にもつ重厚な盾で、私の頭蓋骨を砕こうと、勢いよく盾を突き出した。



 騎士の盾が大地に突き刺さった、私の槍にぶつかった!


 騎士の盾がとまる。私は霧の槍を呼んで、騎士の上へ。ひっくり返りながら、すぐに霧の武器を呼ぶ。



 フィリスの機械の騎士は大きな金属の塊だ。破壊性能は申し分ない。


 それに金属の鎧の強度は……ただの武器では、簡単にはじかれてしまう。でも、その鎧の重みのせいか、動きは速くない。騎士の一撃、いや二撃めに対応できれば、私にも勝機がある。


 私は、鋭く尖った刺突用の片手剣-レイピアを、上へとんだ勢いそのまま、体をひねって、突き出す力に変える。



 私は、レイピアを騎士の機械の眼に突き刺して―。騎士の眼が、砕けた音はしなかった。


 騎士の兜の一部が下にさがり、ゴーグルの様になって、騎士の眼を保護。私のレイピアは挟まってしまい、勢いを削がれてしまった。『!? 弱点の対策はしてあるか……この殺戮兵器を止めるには、招魂魔術で動力源に干渉しないと……だめ、できないことを望んでも仕方がないよ。』


 私は名無し様の娘。だけど、養母様おかあさまの様に、招魂魔術が得意というわけではない。



 フィリスの機械の騎士は踏み込んでこない。


 最適解を考えているのかしら? 機動性では、私が上。単純に斬り合っても……私を捕まえられないなら、機械の騎士は邪神に頼るでしょう。




 私の最適解は? 私が一番得意とするものは?



 私は、白い瞳の■■■・グローリア。



 ■■■が分からない。いつか思い出すなんて、悠長なことは言っていられない。私は転移魔術で助かっても、同胞の吸血鬼たちは助からないのだ。




 フィリスの機械の騎士は、自身の最適解をだしたようだ。


 視線をきった、私を見ない。機械の騎士の目的は、魔物の殺戮。その役目を果たす為だけに、生きることを許された、哀れな機械の兵器……フィリスの騎士は、邪神の神聖文字を纏う、機械の腕を向けた。


 力のない、罪のない私の同胞たちに。『邪神の神聖文字……もとは、女神の霧だ。上位魔術……最強の魔術、極星魔術でさえ、女神の霧によって成り立っている。』



 フィリス・システム。その正体は文字だ。小さな、小さな文字の集合体。


 このことは、私の魂が覚えている。私は、フィリス・システムを知っている。人形の夢の中でみてきた。私なら、女神の霧の文字を操れる、変化させられる。



 私なら、文字を奪える。文字の魔力を奪え、霧の魂を奪え!


 そうすれば、邪神の光は灯らない。制御に必要な文字が消えて、魔力の供給が断たれて、邪神の神聖文字は効果を発揮しない!



 私は駆けた。機械の騎士の目の前に来た。邪神の神聖文字が光っている。小さな文字が、先にとんでいく。同胞の吸血鬼たちに向かって―。邪神の神聖文字を切れ! なんでもいい!


 私は霧の中からを呼び出した。身体強化していても、片手では持てない。両腕をつかって、体を使って、円状に振り回す。



 踊る様に、くるっと一回転。直後、機械の騎士の腕から、数本の光の線が放たれた。邪神フィリスの嫌いな光は途切れて……。




『白い瞳の■■■・グローリアの極界魔術、

 ■■の烙印:死神の魂食マジックイーターい。』



 私の近くで、邪神の光が霧散していく。


 良かった、どうやら上手くいったみたい。邪神の光は、攻撃速度が速すぎて、それが見えてからではかわせない。だから、魔術が行使された瞬間、魔術を具現化させるために必要なものーフィリス・システム、そのシステムを一時的に遮断した。



《貴様、何をした。あり得ない、あり得ない……理解不能。

 貴様は危険だ。データを照合……フィリス・システム。》



 まあ、上手くいく保証はない。こんな裏技、何度も成功するとは思えない。機械の騎士は、何が起きた理解できず、立ち尽くしている。『気分がいいね。騎士にとって、邪神は絶対的なものだったのに……その光が断たれてしまった。』


 さあ、今度は貴方の魂を奪ってあげるよ。



《貴様は、名無しの娘か……あり得ない。

 貴様のその力、その魔力はなんだ。


 今の貴様は異物だ。データに存在しない。

 創造主の世界に馴染まない、異物の小娘よ。



 我らの光を、創造主の光を断つ愚かな者……。

 小娘よ、貴様の罪は万死に値する。》




 機械の騎士は機械の音で抑揚なく、私の死刑判決を宣告した。それなら、私も伝えてあげよう。



『哀れな機械の兵器、私が壊してあげるわ。

 普通の壊れ方、できると思わないでね? お前たちは、私の同胞を殺した。



 私のこと、データにないって言ったよね? 

 異物って言われるのも嫌だから、お前たちを狩るものだと伝えておいて。』



 私は柄を持って、を後ろに下げる。


 青い水晶のペンダントの光に照らされて……1m以上ある、カーブした大きな刃が青く光る。私の身長よりも大きい、170cm~180cm程度の長柄。



 そう、これは大鎌―デスサイズ。大嫌いな邪神を殺すイメージをしてから呼び出したら、霧の中からこれがでてきた。


 うーん、私は吸血鬼だし、悪くないかな。魂を狩る死神が使っていそう。



『まあ、すぐに分かるよ。私のこと……お前は役目を果たせずに、

 動けなくなるから。私が、お前の魂、奪ってあげるわ。』


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