第4章 戦乱の幕開けの続き~強欲な吸血鬼と悪魔の軍勢。

第79話『希望の都ラス・フェルトの人魔協定①』

 私は、白い瞳のルーン・グローリア。全てが凍える白い瞳をもつ、吸血鬼の少女。腰まである長い黒髪は、白いリボンで纏めている。


 今は昼間。嫌いな太陽が、真上に昇っています。私は黒いローブで全身を隠して……黒いフードを被って、黒い日傘も持っています。傲慢な霧の女神、ウルズお姉ちゃんがくれた、フリルレースの黒い日傘。可愛らしいので気に入りました。



 ここは霧の異界ケイオスにある、迷い星テラ。迷い星テラの中にある、唯一の人間の都ラス・フェルトで……その都の中にある広場-聖天使の広場と呼ばれる様になった場所に、私はいます。


 私の大切な、大好きな、可愛いお人形さんのノルンも。



 聖天使の広場。大きな青い水晶が、お人形さんのノルンを閉じ込めています。これは時の魔術。第七の刻―時の封印。


 青い水晶の中に、銀色の髪に白い手足の少女がいます。その白い手には、天の神から奪った白いローブがあって……母の神聖文字-知恵の聖痕が水晶の中を漂っています。私のお人形さんは、母の神聖文字によって守られている。そんな気がしました。



 私たちの敵。私たちが倒さないといけないものは、余りにも強い。全知全能なる天の神。時の女神の娘、我儘な悪いノルン……我儘な彼女は、望むままに世界を創り変えていきます。自分自身の願いの為に、今ある世界を平気で滅ぼしてしまうでしょう。


 私たちは、あの子を止めないといけない。



 でも、どうやったらあの子に勝てるの? 全てを見通す、天の創造主の本体―摂理プロビデンスの目。天国と地獄を支えている大きな手があります。


 魔力の強さや量では、あの子には勝てない。例外は一つだけあるけど、創造主の光の眼によって、あの子はあらゆる未来を見逃さない。どんな作戦も、全て看破してしまう。


 霧の世界フォールの最強の魔術、極星魔術や極界魔術で対抗しようとしても、母の時の魔術によって、魔術を行使する前に、全て防がれてしまう。


 母の時の魔術は、対象の時を完全に支配してしまうから……我儘な時の女神の娘と戦うことになったら、あの子の先をいくことはできない。



 どうやっても、あの子が先に動く。そして、創造主の膨大な魔力と母の時の魔術によって、敵を殲滅する。時の魔術が行使できなければ、何もできない。


 例え、時の魔術を行使できたとしても、あの子の先にはいけない。結局、創造主の魔力に負けてしまう。



 つまり、どう考えても、我儘な悪いノルンには勝てない。たぶん、それが結論。



 唯一の例外。創造主の先を行くことができる、可能性があるもの。私の可愛いお人形さんは、青い水晶の中に……私はあの時のことを思い出す。1つ気になることがあるの。



《ルーン、そんなに怒らないでよ。

 希望の魔女は母の時の魔術によって、水晶の中で眠りにつくの。


 大丈夫だよ。私が、皆を導いてあげる。

 私が、皆をもっと強くしてあげる。


 希望の魔女は、もっと強くならないといけない。


 だって、最後の選択の時に、

 希望の魔女は間違えてはいけないから。


 間違えない様に、私が教えてあげるの。

 今の世界の腐敗を、この世界の悪を……。



 私たち、女神の娘はいらないものを、全部捨てる。全部綺麗にする。

 そして、新しい世界で、女神の娘ノルンの願いを叶えるの。


 私たちの願いが、やっと叶う……。

 絶対に、誰にも邪魔はさせないから!》



 私たち、女神の娘の願い? 世界を滅ぼすことで叶う夢があるの? 


 私は、黒い日傘の持ち手を強く握った。勝てないことが悔しい。可愛いお人形さんを守れなかった。もっと力が欲しい。お人形さんを守れるくらいに、強くなりたい。我儘な時の女神の娘の言葉が、何度も聞こえてくる。我儘なノルンの言葉を忘れることができない。



《大丈夫だよ。私が、皆を導いてあげる。

 私が、皆をもっと強くしてあげる。》


 

 もっと力が欲しい。もっと魔力が欲しい。私の強い思いに応えて、現れるものがある。私の目の前で浮かぶ、小さな水晶。これは、時の女神の落とし物―天国の鍵(天のピース)。砕けた10個の欠片、その1つ。


 我儘なノルンが私にくれたもの。

 N0.6~ 終末のノアの箱舟-魂の貯蔵庫。



 この小さな青い水晶の中に、沢山の魂が入っているのが分かる。とても沢山の魔力……この水晶、終末のノアの箱舟-魂の貯蔵庫に、人や魔物の魂を集めていったら、どうなるかな? もっともっと、多くの魂を集めて、悪魔の女神の霧も奪えたら、創造主の魔力を上回ることはできないかな? ほんの一瞬だけでも上回ることができれば、私の可愛いお人形さんを優位に……。



 私でも、お人形さんのノルンを助けることができる。


 数多くの人や魔物の魂を集める。きっと、それが私の重要な役割。強欲の烙印をもつ吸血鬼にしかできないこと。私ならできるはず……私は、ノルンを助ける。私は、大好きなノルンと一緒にいたい。それが、今の私の願い。『私の願いの為に、私は人や魔物をー。』



「ルーン様、大丈夫ですか?

 大丈夫ですね? では、行きましょう。」



 声をかけられて、私の考えはそこで中断された。嫌いな太陽を浴びない様に、フリルレースの黒い日傘を先に動かしてから、慎重に手足を動かす。


 声をかけてくれた女性の足元が見えた。フリルエプロン、青と白のメイド服と白い尻尾。視線をあげていくと……栗色の髪と白い犬の耳、優しく微笑んでいるフィナがいた。


 獣人のフィナは私の返事を待たずに、私の日傘の中に入って、私の腰に手をあてて歩き始める。私は元従者の積極的な行動に驚きながらも、日傘は落とさずに何とか歩くことができた。



『え、えっと、フィナ。

 どうして、こんなにくっ付くの?』



「? ルーン様は日の光が苦手です。


 手を繋ぐと……注意しても、

 ルーン様にお怪我をさせてしまう可能性があります。


 それに手を繋いでも……手を離してしまうかもしれません。

 ここまでくっ付けば、離れることはありません。


 一番安全だと思う方法です。ルーン様は嫌なのですか?」



『い、嫌ではないけど、ただ驚いて―。』



「ルーン様は、私と手を繋いでいても……。

 すぐに離れてしまいます。それは駄目です。


 ノルン様は、ルーン様のことを心配されていました。

 絶対に、もう離さないとおっしゃられていました。



 それなら、私も絶対に離しません!


 主様しゅさまのメイドとして、

 ノルン様とルーン様のお傍に、最後までいさせて頂きます。


 もちろん、嫌がったりされませんよね? ルーン様?」



『あ、フィナ。あの、怒ってる? 

 その、私が離れて―。』



「もちろんですよ! 怒っているに決まっているじゃないですか。

 でも、それはまた後で話をします。


 今は話し合いの準備が整ったので……ノルン様の代わりに、

 ルーン様も参加します。逃げたら駄目ですよ?」



『フィナ、もう逃げないよ~。』



 黒い日傘をもつ、黒髪の吸血鬼の少女は、天使様の使いである白き狼、白い犬の耳と尻尾をもつメイドに連れていかれます。


 ラス・フェルトの住人たちには、とても大きな問題がいくつもあります。食料や水の問題、天然ガスや石油などの燃料の問題、住人の精霊化問題。



 そして、人ならざる者-獣人と吸血鬼の出現。


 ラス・フェルトの上空には、大きな岩と木が浮いています。フェル・リィリアの神具―テュール・ロックです。猫の大樹の街エラン・グランデがあり、数多くの獣人たちがいます。



 堕落神―名も無き神は、配下の吸血鬼たちをこの都に呼ぶことにしました。思惑が外れてしまって……大切な自分の娘、吸血鬼のグローリアを守る為には手の内を明かして、早急に協力関係を築いた方が良いと判断したからです。



 これから、人や魔物が話し合い、ラス・フェルトの人魔協定が結ばれることになります。その奇跡を、これから見ていくことにしましょう。



 ラス・フェルトの広場―聖天使の広場に、我儘な女神の娘が現れました。しっかり見守って、自分の願いを叶えるためです。銀色の髪に白い手足、海の様に透き通る青い瞳をもつ少女は、大きな青い水晶の前に佇んでいます。



 彼女は、時の女神の娘ノルン―天の創造主。


 悪魔の女神の娘ノルンを封印した張本人は、青い水晶に触れながら、ドッペルゲンガーである、自分と同じ姿をした人形に語りかけました。自分たちの願いを忘れない様に……同化している聖神にも隠している、本心を人形に伝えます。



《希望の魔女、人形のノルン。

 私たちの願いは、昔から同じだよ。


 大好きな母と一緒に暮らすこと。

 その為にも、全部壊すの。この腐敗した世界を。

 

 肥大し過ぎた、残酷で無関心な光の眼。

 望み通り、創造主や聖神に死を与えてあげるわ。



 でも、死ぬのは創造主の本体や聖神フィリスだけでいい。

 だって、私は……女神の娘は死にたくないもの。


 生きる価値を見失った、創造主の本体を、

 この世から永遠に消す為に……。



 天の創造主がいない、邪魔者のフィリスがいない、

 新しい素晴らしい世界で、ノルンの夢を叶えよう?


 ノルン、私たちならその夢を叶えることができる。

 だから、私の言葉を信じて……私たちなら、世界を変えられる。》



 無邪気で残酷な少女。時の女神の娘ノルンは、全知全能なる天の創造主さえも利用して、世界を滅ぼします。母親でも、この子を止めることはできないでしょう。


 この子を止めることができるのは、自分だけ……人形のノルンだけです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る