神の間「全知全能なる天の神は、天国の鍵 No.6~終末のノアの箱舟の保持者を選ぶ。」

 私は、霧の異界ケイオスにある小さな星を訪れていた。


 ここは迷い星テラでも、迷い星フィリスでもない。霧の異界に浮かんでいる、数多くある星々。どこにでもある普通の星の1つ。私は終末が近づいている、緑豊かな星の中へ。


 私は、普通の人が造った街の中を歩いている。石造りの普通の建物。民家や倉庫などには、金属は殆ど使われておらず……金属を大量に生産して加工する技術がないのだろう。この星の人の文明は、それ程発達していない。



 私は時の女神の娘ノルン。全知全能なる天の神。


 白い手足に銀色の髪。透き通る海の様な青い瞳をもつ少女。青い水晶をはめ込んだ、プラチナ製のネックレスや腕輪。ジュエリーには、母の神聖文字が刻まれている。ゆったりとした長袖シャツとスカートにも……私が袖を通している白いローブ。金細工で装飾されたローブは、神聖な雰囲気を醸し出していた。



 街の小さな人々は恐怖におののき、逃げ惑っている……私ではない。私に対して恐怖していない。白いローブの少女には誰も構わない。誰も気にしていない。


 小さな人々は空を見上げて、我先に逃げていく。大切な家族と一緒に、必死に走っている。愛する恋人と手を繋いで……私は、パニックに陥っている人々の横を、平然と通り抜けていく。



 小さな広場、小さな噴水が見えてきた。この小さな星の中にある、私の目当ての場所だ。その噴水の縁に、15~16歳ぐらいの黒髪の少女が座っている。


 他の小さな人々と違って、彼女だけは逃げようとしていない。私が噴水の縁に座ると、黒髪の少女は驚いているけど……近くから怒鳴り声や叫び声が聞こえてきても、彼女は特に気にしていない様で何も言わない。



 黒髪の少女の澄んだ黒い瞳を見ながら、私は声をかける。



《逃げないの? 皆、逃げているけど?》



 両手で何かを大切に持っている少女は、私に聞いた。



「え?……そう言う貴方は逃げないの? 

 貴族の子でしょう? 家族とはぐれたの?」



《うーん、お母さんとははぐれたね。

 また会えると思うけど……まあ、私は大丈夫。


 君はここに逃げてきたの? 君を大切にしてくれなかったの?

 偽りの家族だったのなら、逃げたくもなるよね。》



 黒髪の少女の両親は他界している。天国に辿り着いた迷える魂は、ヘブンズ・システムに喰われているだろう。小さな人や魔物からすれば、残念なことかな。


 黒髪の少女は父の祖母と一緒に暮らしていたけど、幸せな家庭ではなかった。彼女の祖母は大切にはしてくれていたみたいだけど……この星から、、彼女は祖母の家から逃げ出した。



 彼女を呼ぶ声を無視して、必死に走った。


 大切にされていたことを、最後になって気づく。黒髪の少女は、知らない人の善意に助けられて……馬車に乗って、この街にやってきた。そして、この噴水がある、小さな広場が彼女の人生の終着点。


 黒髪の少女の手の中に、があった。彼女の両親がくれた大切なもの、無くさない様に両手で握りしめて……黒髪の少女は俯きながら、小さな声で呟いた。両親や祖母のことを思い出して、雫が零れ落ちていく。



「大切な家族だったわ。

 本当に、私のことを愛してくれていた。」



《そう……なのに、逃げちゃったんだ。

 でも、良かったんじゃない?


 今、愛してくれていたことに気づけたんでしょう?

 気づけないで亡くなるよりかはね。》



「そうね……ねえ、貴方は本当に大丈夫?


 貴方は、私より幼いのに……母親とはぐれたのに。

 泣いてもいいのよ? 私が傍にいてあげるよ?」



 涙を拭いた、黒髪の少女は私を抱きしめようと手を伸ばした。


 私は立ち上がって、その手から逃れる。微笑みなら、彼女に声をかけた。もう時間がない、彼女とはすぐに話せなくなってしまう。



《大丈夫だよ、黒髪のお姉ちゃん。

 私、こう見えて……かなり丈夫なんだよ? 


 ねえ、お姉ちゃん、奇跡って信じてる?


 世界が滅んだあとに、素晴らしい世界がやってくるっていう話……。

 お姉ちゃんは信じられる? それとも、信じられない?》



 空から降る光が強くなって……白い光が、人の街を強く照らす。黒髪の少女だけが怯えず、私を見つめてくる。彼女は、落ち着いた声で答えた。



「分からない……でも、信じたいかな。

 世界が滅んでも、その後に平和な世界がきて欲しい。」




《そっか、信じるんだね。

 じゃあ、私と賭けをしない?》



「賭け? なにを賭けるの?」



 爆音が聞こえた。遠くの場所で、炎の壁が天に昇って……天まで届く炎の壁は、海や森、あらゆるものをのみ込んでいく。もう叫び声や怒鳴り声は聞こえない。



《もし、この世界を終わらせる天の神が滅びたら……。

 この星の生き物、人間や鳥や草花の魂は喰わないでおいてあげる。》



「?……天の神様が、この星を滅ぼすの?

 最後にそんなこと言えるなんて、冗談でも凄いわ。」



《冗談じゃないよ。よく覚えていてね。

 私たちは……きっと、また会える。》




「…………………。」


 

《もし、私が勝ったら……天の神が滅びなかったら、

 この星の生き物の魂も喰らう。お姉ちゃんの魂も食べるね。


 どうなるか、よく見ていてよ。天の鍵の中で……。》




 黒髪の少女は何も話さない。もう答えない。


 私は深く息を吸い込んで、炎の息を吐き出す。赤い炎が、私の銀色の髪を優しく撫でていく。真っ赤な炎の中で、ゆっくり手を伸ばした。



 黒髪の少女が持っていた、青い水晶だ。


 チェーンは熔けて、下に落ちていった。ヘブンズ・システムが、この星の魂を喰おうとする。私はそれを止めて……私の神具を呼んだ。



《天の創造主の時の魔術、

 極星極界魔術―創造主の神具、時の断絶セイバー。》



 私から光の輪が放たれると、白き炎に包まれた星は最後を迎えた。小さな星も、白き炎も、もう存在しない。全てが砕かれて、一点にまで圧縮されていく。



 星が放つ最後の光の中から、白き翼が羽ばたいた。全知全能なる天の神の12の時の翼……もう小さな星は存在しない。もちろん空気もない。


 天の神は、宇宙空間に佇んでいる。私は呼吸を止めた。酸素がないなら呼吸しなければいい。私の魔力が循環して……生命維持に必要なエネルギーが、私の体の中をめぐっていく。



 私の体が、宇宙空間―惑星間空間に慣れた。暑さも寒さも、何も問題にならない。白き翼を羽ばたかせながら……私は、黒髪の少女が残した、青い水晶を両手で支えた。


 これは、時の女神の落とし物―天国の鍵(天のピース)。砕けた、10個の欠片―No.1~No.10……その1つだ。


 No.1-テラの大樹、テラ・システム。

 No.2-封魔のラス・フェルト大聖堂カテドラル

 保持者―光と悪魔の子フェル・リィリア。


 No.3~No.5-聖神フィリス、ヘブンズ・システム。

 保持者―狂信者デュレス・ヨハン。



 N0.6~ 終末のノアの箱舟-魂の貯蔵庫。

 保持者―不明。



 ノアの箱舟。迷い星フィリスにある、聖フィリスの教国の空飛ぶ船。全長300mを超える法王の飛空船―今は動かない飛空船と同じ名前にした……私は面白いことを思いついて、ほくそ笑む。


 微笑みながら、天国の鍵(天のピース)を撫でた。これから、この青く光る水晶の中に、数多くの魂が集められていくだろう。私が滅びれば、新しき世界で、新たな生を育めばいい。



《でも、私が勝ったら、このまま、丸呑みしてあげるよ。

 黒髪のお姉ちゃん……。》




 私の白いローブに、新たな神聖文字が刻まれていく。これは、私が女神の影から奪ったもの、知恵の聖痕だ。こうして、ローブに刻めばいつでも一緒にいられる。



 そうだよね、お母さん?


 母の知恵の聖痕―お母さんの神聖文字に、優しく触れながら、時の魔術―極星極界魔術を行使した。



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《天の創造主の時の魔術―極星極界魔術、

 七つの元徳と大罪の再誕リバース。》



 母の神聖文字―知恵の聖痕が崩れていく。私の体も、私の白き翼も一緒に……私の存在が消えた。そして、私が望む場所で再誕リバースする。




 ここは迷い星の外、空気のない宇宙空間。



 迷い星テラと迷い星の衛星が見える。私は邪魔が入らない様に、時の魔術を行使。これで、迷い星と衛星の時が止まり、周囲の空間ごと動かなくなった。



 私は白き翼を羽ばたかせて、転移魔術でとぶ。迷い星テラの外にある、秘密の遺跡の中に入った。そこには鉄とガラスでできた、ドーム状の大きな屋根があり……私の目当ての人物がいた。



 堕落神―名も無き神に、大切に抱きしめられている、吸血鬼の少女。腰まである長い黒髪に、白いリボンと白い瞳。彼女は、白い瞳のルーン・グローリア。



 私は、動かない吸血鬼の少女の頬に触れてみた。



 予想通り、が私を癒そうとしてくる。すぐに手を離したので、時の女神の娘の治療は中断されたまま……私は微笑みながら、天国の鍵(天のピース)を、白い瞳の吸血鬼に近づけた。



 N0.6~ 終末のノアの箱舟-魂の貯蔵庫。

 保持者―白い瞳のルーン・グローリア。




 そして、時を動き出す。



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 転移魔術が行使されて、迷い星テラの中へ……。



 突然、光を浴びて、痛みが走る。



「!? あ、あつい!」



 誰かが黒いローブをかけてくれたので、痛みは治まりました。どうやら、迷い星テラに降り注ぐ、嫌いな太陽の光を浴びてしまったみたい……私の腕を見ると、日光を浴びて、少し焦げているところがありました。




 私は白い瞳のグローリア。



 ここは迷い星テラの中にある、猫の大樹の街エラン・グランデ……みたいです。以前、私が来たことがある、聖フェルフェスティ教会の前ですね。『あれ? なんで、ここに?……私は、養母様おかあさまと一緒にいたのに……。』



 訳が分からず、教会の前でしゃがみ込むと、白い腕が近づいてきました。


 一瞬、びくっと身構えましたが、その小さな腕は、私の腕にできた火傷を優しく撫でるだけ……傷を癒し活性化させる、回復魔術かな? 私の火傷は治り、傷跡すら残っていません。



 私は不思議に思いながらも、黒いローブの長めの袖で、自分の手を隠します。もちろん、フードで頭も隠しますよ。これ以上、焦げたくありません。


 両手で押さえて、フードが外れない様にしながら、目の前に座っている少女を見ました。私に微笑む、青い瞳の幼い少女がいます。



 私の口から、大切な妹の名前が……。



『ノ、ノルン?……どうして、ここに?』



《白い瞳のグローリアちゃん、ごめんね。

 私は希望の魔女ではないの。貴方の大切な妹ではない。



 希望の魔女と同じ名前だけどね……。


 私は時の女神の娘、全知全能なる天の神だよ。

 よろしくね、黒髪のお姉ちゃん?》




 こうして、全知全能なる天の神は、天国の鍵 No.6~終末のノアの箱舟の保持者……天国の鍵の贄を選びました。



 天の神によって、霧の異界ケイオスにある、数えきれない程の星々は巻き込まれていきます。

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