第72話『迷い星テラの遺跡巡り。白い瞳のルーンは、堕落神―吸血鬼の姫の娘に……?』
私は白い瞳のルーン。
私は自分の体を失ってしまった。神聖文字となり、創造主の神具―勝利の剣に宿って……目が覚めたら、無音の闇の中にいた。
私は運がいい。助けてくれるクマさんがいたから。
クマさんは堕落神、名無し様。怒らせる様な言動はしないでおこう。私では、堕落神には勝てないし……でも、警戒はしないといけない。
付かず離れず、この距離を保とう。ここは迷い星テラ。待っていれば、テラの大樹が来てくれる。
『不思議な精霊さん、私について来て下さいね。』
『はい、分かりました……。』
私は迷い星テラのどこかの森の中にいる。ぬいぐるみのクマさんの声が聞こえてくると、また変化が起こった。
真っ黒の世界。何も聞こえない世界に戻って……さっきとは同じではなく、無音の闇の中に、丸い窓ができている。
私の神聖文字の一部が、剣の外に出ている為、外にある森の景色も見えている様だ。鳥や虫の声も聞こえてくる。
テラ・システムが、困惑している私に教えてくれた。
※テラ・システム。
堕落神―名無し、招魂魔術を行使。対象のぬいぐるみから消失。
創造主の神具―再生をもたらす勝利の剣も、同時に消失。
再生の聖痕……白い瞳のルーン、消息不明。
暫くすると、森の景色が見えなくなり、鳥や虫の声も聞こえなくなった。若葉色に光る透明な根っこが見えた様な気もしたけど……。
再び、光と音が戻ってくる。
カランと金属の何かが落ちた音がした。目の前にクマさんはいません。
私は大きな遺跡の真ん中に……昔、迷い星テラに住んでいた人が造ったもの。塔の様な鉄の遺跡が建ち並んでいる。
ツル系の植物が遺跡に絡みついていて、遺跡は殆ど壊れていた。鉄は錆び、石は崩れて……遺跡の中に光が射し込んでいる。
迷い星テラの滅んだ文明。
雑草に覆われた遺跡の通りに落ちている、液体の様な不思議な剣。その上で、私がふわふわと浮かんでいると声をかけられた。
『不思議な精霊さん、大丈夫ですか?
気持ち悪いところとかないですか?』
堕落神の招魂魔術。名無し様の優しい言葉が、私を少しずつ惑わせていく。
白色のウサギのぬいぐるみ。
声が聞こえた方を見ると、そこに大きなウサギがいました。白い毛のウサギで、1mぐらいはありそうです。でも、このウサギも……ぬいぐるみ。中に人や魔物は入っていません。
『えっと、さっきのクマさんですよね?』
『そうですよ、私はこうやって……。
配置したぬいぐるみの中を移動できます。
招魂魔術なのですが、貴方が運びやすくて良かった。
もう少しで、テラの大樹に攫われてしまうところでした。』
『………………。』
『では、精霊さん。こっちに行きましょう。』
『はい、分かりました……。』
大きなウサギさんは、不思議な剣を抱えて、鉄の遺跡の通りを歩き始めました。勝利の剣に付与されているので、私と剣はセット。離れることはできない様です。
招魂魔術で、魂を呼ばれると、勝利の剣も運ばれる。
勝利の剣が自らの意思で、勝手に追いかけてきている可能性もあるけど……私には分かりません。『名無し様の招魂魔術……テラ・システム―ノルニルによる、人形の幽体離脱と同じかな?……名無し様、とても安心する。あれ? 私、なんで悲しんでいたのかな……思い出せない。』
名無し様の招魂魔術が、私に影響を与えている。次第に、警戒心が和らいで、私は名無し様を……安心できる御方だと思い始めた。
私はふわふわと浮きながら、大きなウサギのぬいぐるみについていきます。
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私は堕落神―■■■。名も無き神。名前は捨てたので、名無しや吸血鬼の姫と呼ばれている。今、私は困っています。
霧の異界ケイオスにある迷い星テラの中にいるのですが……私の大切な
シャノンちゃんの転移魔術によって……軍国の冒険者たちと若き魔王は、地獄に落ちた迷い星フィリスから逃げてきた。
迷い星テラのどこかに、若き魔王と一緒にいると思うけど……シャノンちゃんは強いので、無事でしょう。
ただ、私のことになると怒りっぽいところがあるので、
私はシャノンちゃんが迷子になったことに気づいて、すぐにぬいぐるみ達を放った。迷い星の中を歩き回る、1000匹程のぬいぐるみ。
その一匹が、珍しい剣を見つけて……テラの大樹から逃げる為に、このウサギの中に移動して、今に至る。
念の為、言っておきます。勘違いしないでくださいね。私は迷子になっていません。シャノンちゃんが迷子になっているのです。
私が操る大きなウサギは、崩れた鉄の遺跡の地下へ。
隙間から、遺跡の内部に入っていきます。遺跡の中にも、太陽の光が入り込み……雑草が生え、綺麗な白い花が咲いていました。大きなウサギのぬいぐるみは、どんどん前へ進みます。
瓦礫に手をかけて、乗り越えます。このウサギは、私の魔力によって動く。送っている魔力によって、出せる力が変わって……もちろん、ぬいぐるみが出せる力には限界があります。
単純に力だけで戦ったら、人間の子供にも負けるでしょう。でも、戦闘が全てではありません。このぬいぐるみ達はとても有能です。
体重が軽いから、高いところから落ちても平気です。食事や水も必要ありません。私の魔力が続く限り……ぬいぐるみの一部が残っていれば、手や足だけでも動くことができる。
ぬいぐるみ達は、魂を入れる器。
ぬいぐるみの中に、別の魂を隠すことができます。これがとても重要……迷い星テラは、光る大樹の庭です。魂や魔力を隠さないと、さっきの様にすぐにばれてしまいます。
白と黒の霧に包まれた、悪魔の軍勢に見つかるかもしれません。悪魔の軍勢は、人や魔物の魂を探しているから……それは絶対に避けないといけない。悪魔の軍勢は、狂王の
私たち、魔物の
大きなウサギの目の前に、四角形の穴が現れました。真っ暗で穴の底は見えません。ウサギのぬいぐるみは、不思議な剣を抱えたまま……躊躇することなく、ダイブしました。
暗闇の中に落ちていきます。
ぽてぽてと何度かぶつかりながら、ぽすっと底に落ちました。すぐに、むくっと起きて……また歩き始めます。
手足や胴体の白い毛が抜けて、布が破けているところがあります。ぬいぐるみの綿が少し出ていても、全く気にしません。
暗闇の通路……この遺跡は、一度来たことがあるので迷いません。大きなウサギは、光のない遺跡の通路を進み続けます。
そして、目当ての部屋に辿り着いた。
ここにある機械……電灯や大型のバッテリー。この部屋にある巨大な伝送装置は、私たちが修理しました。
この部屋は、“大規模無線伝送研究室”と呼ばれていました。
何千年経過しても、治せる状態で残っていたことが奇跡だったけど……使えるものは、使わせてもらいます。
私は、雷鳴魔術を行使して……威力を抑えて、上級魔術とは呼べないものにした。下位魔術は、産業や生活の基盤となるもの。この電流で、人や魔物を傷つけることはできない。
電気を帯びたウサギは、鉄の遺跡の機械に触れた。あとは、機械の内部にあるバッテリーに電気を溜めていく。電流の量を調節して……部屋が、急に明るくなった。
伝送研究室の電灯がつくと、巨大な伝送装置も起動した。
丸い輪っかがある装置……テラに住んでいた人々の知識の結晶。テラの人々は小さな物体も、転送できる技術を手に入れていたかもしれない。『今回は魂の転送ですが……使わせてもらうよ。』
テラの失われた科学技術が、私たちを助けてくれる。
魔術を行使しないから、テラの大樹や他の堕落神に気づかれることがない。どこに送ったか、私たちにしか分からない。『霧の世界フォールの人や魔物は、異界の門を解明して、異界にも辿り着いた……迷い星テラにも辿り着いていたかもね。』
大きなウサギは、不思議な剣を抱えたまま、丸い鉄の輪っか―伝送装置の中に入ると……ぷかぷかと浮いている、小さな精霊に声をかけた。
『不思議な剣の精霊さん、貴方はとても不安定です。
今のままだと消えてしまう。
大丈夫、私が助けてあげます。
困った時は、お互い、助け合いましょう。
私のすぐ傍に来てください。』
この小さな光は、悪魔の女神様の神聖文字だと思う。招魂魔術で和らげたけど、まだ警戒している様で、私にあまり近づいてくれなかった。
精霊に触れることができていないので、それ以上のことは分からない。
私の魂がこの精霊に引っ張られている。なにか、私を惹きつけるものがある。それが何か知りたい。役に立つものを集めないといけない……魔物の大陸を支配した、
霧の中を蠢く、悪魔の軍勢も攻めてくるかもしれない。
敵が攻めてくる。このままだと、私たち、魔物の
『分かりました……私はこのまま、消えたくありません。
ウサギさんの手の近くにいけばいいですか?』
不思議な剣の精霊はそう言うと、目の前まで下りてきた。ウサギのぬいぐるみの大きな手で、その精霊を優しく支える。
そして、ぬいぐるみの大きな胸にぎゅっと押し当てた。ぬいぐるみの中に、不思議な剣の精霊が宿っていく。
私は母親になったことがないけど、赤ん坊ができたらこんな感覚かな。『これで……剣の精霊、この子のことが分かる。この子はぬいぐるみに宿っても、あの不思議な剣との関係が消えない。』
『やっぱり、変わっているね。
貴方のことを、私に教えて……。』
私は招魂魔術を行使して、不思議な精霊を調べていく。
だけど、白い霧が邪魔してきた。霧がこの子の生みの親を隠してしまう。『白い霧……やっぱり、この子の生みの親は悪魔の女神様だ。この子の名前は……。』
私は、この子の名前を知って歓喜した。
この子は……悪魔の女神様の極界魔術―再生の聖痕。
『ルーン……貴方はルーンですね?
悪魔の女神様の神聖文字……私はとても運がいい。』
『? ウサギさん、どうして……私の名前を?』
ウサギのぬいぐるみに宿った、ルーンが私に聞いた。ここで嘘をつかず、聞かれたことは全て答えよう。信頼してもらって、自らの意思で、私たちがいる遺跡に来てもらえばいい。
この星に放った別のぬいぐるみが、異変に気づいた。迷い星の光の大樹が、鉄の遺跡に近づいてきている。この星は大樹の庭だから仕方ない。
古代の遺跡……内部にいても気づかれてしまう。それなら、大樹が知らないところにいこう。この星の外に、ちょうどいい場所がある。
私たちが見つけた、古代の遺跡が……。
『私は堕落神―名無しです。
私は女神様を敬愛しております。
私は女神様のご息女の味方です。
私は全て答えます。貴方が聞きたいこと、知りたいことを……。
ですが、この星は危険で満ち溢れています。
ここに長く留まってはいけません。
ルーン様、私のもとへ来てくれませんか?
魔物の
『ここは迷い星テラですよね?
私は帰りたい場所があるんです。そこに戻って―。』
『ノルン様のもとへ……ですね?』
6番目の霧の人形ノルン様。迷い星テラは、光の大樹の庭であり、ノルン様の依り代。ぬいぐるみの目で見て確認したけど……人間の都が、この星に招かれている。
水の都ラス・フェルト。この星で、唯一の人間たちが暮らす都……都の人間たちは、この星で生き残る為に、狩猟と採取を始めている様だ。
水の都はかなり恵まれている。この星の中にある唯一のオアシスと言ってもいい。
この星の神様がいる時点で、この都は安全。
そう、ノルン様が迷い星テラを、堕落神に奪われない限りはね……私はそんな愚かなことはしない。でも、あの
もし、迷い星テラを奪われて……数百万、数千万の軍勢が攻めてきたら?
私はあの馬鹿共、狂王と巨神が嫌い。だから、全力で邪魔をする。敬愛する女神様のご息女を守ろう。
その為に、ルーン様が必要なの。相手の裏をかくには、この星にいては駄目。だから、私たちのもとへ来て欲しい。
私の大切な
『私が、必ずノルン様のもとへ、貴方を導くから……。
どうか、私を信じて下さい。
今は、私のもとへ来てください。
必ず、ノルン様とルーン様をお守りします。』
『ごめん、そう言われても分からないよ。
テラの大樹が来てくれると思うから―。』
『堕落神―巨神グレンデルが、迷い星テラを奪おうとしています。
それを防ぐには、貴方の力が必要です。
どうか、私たちを助けてくれませんか?
お願いです、ルーン様。
私たち、“不死なる者”は悪魔の女神様の忠実なる僕。
私たちを助けて下さい。』
『………………。』
私の視界に……巨大な大樹の根っこが見えた。光の大樹が、テラ・システムを用いて、鉄の遺跡の外からルーン様に声をかけてきた。
『ルーン?……ルーンいるの?
返事をして……ノルンが心配しているから。』
『テラの大樹……ノルンは無事なの?』
『? うん、大丈夫。ノルンは強くなったから……。
泣いているけど……フィナが支えてくれている。
ノルン、泣いている……ルーン、傍にいてあげて。』
悪いけど、もう遅い。ルーン様は、私のぬいぐるみの中に宿っている。招魂魔術の影響を受けた、ルーン様が私に尋ねる。
『堕落神……吸血鬼の姫様、教えて下さい。
巨神は、どうやってこの星を奪おうとしているの?』
『テラ・システムを乗っ取ろうとしてくるでしょう。
堕落神は、自らの星の核……システムを持っています。
自らのシステムが壊れる危険性もありますが、
あの
巨神の乗っ取りを防ぐには……有効な手は一つしかありません。
この方法を、ノルン様にとって欲しくないのです。』
私の視界が、透明な根っこに覆われた。別のぬいぐるみが、テラの大樹に捕まった。残念、そっちにはルーン様はいないよ。
『その方法は何ですか? 危険なこと?』
『ええ、とても危険なことです。
防ぐには相手を殺すしかありません。
魔物の大陸で眠る、巨神の星の核を壊します。』
『えっと……吸血鬼の姫さんは、
巨神の星の核を壊しにいくの?』
『ええ、そのつもりですよ?
魔物の大陸は、あの馬鹿共に支配されているので…。
結局、あの馬鹿を殺すしかありません。
それが、魔物の神である私の役目でしょう。』
『そうですか……。
貴方は、私を助けてくれた。
貴方は、悪魔の女神のことを敬愛してくれている。
それなら、私も貴方を信じます。
私は、ノルンを助けたい。
ノルンには幸せに暮らして欲しい。
だから、私が……あの子の敵を排除します。
私を、貴方のもとへ連れていってくれませんか?』
『!? ルーン……何を言っているの?
危ないよ……信じては駄目!』
テラの大樹の叫びが聞こえた時……鉄の遺跡の丸い輪っか―伝送装置が、膨大な魂の情報を送信。ぽてっと倒れる大きなウサギ。ただのウサギのぬいぐるみに戻った。
私の魂の一部が、自分の星の核へ帰っていく。
ウサギのぬいぐるみに宿っていた、ルーンも一緒に……あの不思議な剣は、自らの意思で追いかけてきた。やっぱり変な剣ね。
『ありがとう、ルーン様。
私たちと一緒に、この星を救いましょう。
女神様のご息女、ノルン様を守る為に……。』
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ここは迷い星テラの外……テラの古代文明の遺跡。
『あれ?……ここどこ?』
私は白い瞳の■■■。あれ、名前が思い出せない。
大きなウサギさんについていって……目がぼやけている。光が眩しい。少し埃っぽい部屋、冷たい布。私の小さな手が、自分に触れると温かい。自分の体がある。『? なんで……あれ、わたし……体を失って……。』
『大丈夫? 気分は悪くない?』
『え? あ、はい……ありがとうございます。』
黒いフードを着た、黒髪の女性。赤い瞳……お姉ちゃん? 黒い髪だから違う。その女性は、私の頭を優しく撫でてくれる。
『? どうしたの?
やっぱり気分が悪いの?
お母さんに教えて……。』
『え? お母さん?……えっと、私は……。』
私のお母さんは、■■の■■。
私は起き上がった。自分の体が見える。幼い少女……前の体と同じくらい。ただ、髪の毛は違う。私の傍にいる女性と同じ黒髪だった。
鏡がないので、自分の瞳の色は分からなかった。
『私の母は……あれ、思い出せない……なんで……。』
思い出せない。大切なものだったのに……痛い、頭が痛くなった。黒髪の女性が、私を抱きしめてくれた。
『かわいそうに、私のグローリア。
怖い夢を見ていたのね……大丈夫、私が傍にいるから。
安心して、グローリア……今は、ゆっくりお休み。』
あれ、もの凄く眠たくなってきた。黒髪の女性は怖くない。安心できる……私は、ぎゅっと抱きついた。
『お母さん……私、一人は嫌だよ。』
『大丈夫だよ、私が守ってあげるから……。
私のグローリア、大好きだよ。』
彼女は吸血鬼の姫……黒いフードを被った、黒髪の女性は微笑んでいた。彼女に名前はない、自分の名前を捨てたから。
彼女は魔物の
吸血鬼の姫は愛しい娘に、グローリアと名付けた。悪魔の女神の様に、娘を愛する為に……姫の娘グローリアの瞳は、全てが凍える冷たい白い瞳だった。
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