第70話『地獄での選択の時、女神の影ノルフェに導かれ……白き人形は役目を果たせない (第3章 最終話)。』


 新しき女神―ルーン・リプリケートを、もう一度創ろう。


 私は、女神の影ノルフェ。悪魔の女神の願いを叶える為に、私が為さないといけないことはあと二つだけ……ルーン・リプリケートの体が、白い霧に戻っていくと、その霧の中で青い魔晶石が光り輝く。


 

 傲慢の魔女ウルズの星の核。


 私は女神の影。霧によって形作られた白い手で、星の核をそっと受け止める。そして、私は、ウルズの星の核を利用して、もう一度、ルーン・リプリケート―女神の複製品を創った。



 新しき女神、白い霧の女神を……。



 女神の影アシエルが創ったルーン・リプリケートは、再生の聖痕であるルーンの魂を入れる為の器だった。



 今、再生の聖痕は、創造主の神具ー再生をもたらす勝利レーヴァテインに付与されている。ルーンの魂をいれる器は必要ない。



 再生をもたらす勝利の剣は姿形を変えて、になった。異界にいる希望の魔女が、勝利の剣を呼んだのだろう……私が創った霧の女神ルーン・リプリケートは、勝利の剣を地獄に留めようとする。



 私は微笑みながら、そっと細長い剣に触れた。


 ここまでは上手くいっている……。



 勝利の剣は双剣という姿になり、希望の魔女の目の前に現れて……そして、私の目の前にも、として存在している。



 あとは、霧の女神ルーン・リプリケートに、私の役目を引き継いでもらう……女神の影アシエルが放棄した、影の本来の役目を。正気を失った悪魔の女神に代わって、娘たちを見守り、娘たちに手を差し伸べる。


 それは白い霧にしかできないこと……女神の影の様に、白い霧に近い状態で存在して、霧の人形の傍から離れない。新しき女神は白い霧となり、霧を制御して、敵対するものを殲滅する。



 もし、私がを失敗しても、白い霧が……ルーン・リプリケートが、愛しい娘たち、ウルズやアメリア、エレナにヘルとヴァルを守ってくれる。


 そして、愛しいノルンを……どうか、二人の青のお嬢様を守って。愛しい娘が、時から解放されて幸せに生きること、悪魔の女神の願いを叶える為に。




 これは、時に呪われた白い人形の物語。


 悪魔の女神と娘のノルン。母と娘はいつでも、どこでも呼び合う。とても強い絆で結ばれているから……今日は、地獄での選択の時です。



 私は、希望の魔女ノルン。白い霧に包まれている。


 白い手足に銀色の髪。海の様に透き通る青い瞳をもつ……私は、白い霧の翼をもつ希望の魔女。銀のガントレットやグリーブを身に着けている。腰から生えた白い翼は、とても綺麗だった。



 今はとてもしんどい。泣き疲れてしまった。


 もう一人の私……聖痕の少女、ルーンがどこかに行ってしまった。生まれた時からずっと一緒だったのに。やめてと何度も言ったのに、私の傍から離れてしまった。『もう嫌、どうしてこんな悲しいことが起こるの?……痛みや苦しみのない天国へ行きたいよ。』


 本当に悲しいことが起こって、自分の魂が不安定になって……白い人形のノルンは、魂のどこかで救われることを望んでいた。その隠れた思いが、魂を揺さぶる。『天の神様、私は幸せに暮らすことはできないんですか?……沢山のお金や社会的な地位もいりません。強力な剣もいりません。


 私が欲しいのは、ただお母さんと……ルーンと一緒に暮らしたいだけなのに。どうして、こんなことに……どうして、私から離れていくの?』



 ここは異界。迷い星テラの中にある水の都ラス・フェルト。その上空に一匹の鳥がいた。弱弱しく、白い霧の翼を羽ばたかせている。



 天の創造主の本体―摂理プロビデンスの目が、希望の魔女の姿を捉えた。やはり、魔女の未来だけは真っ黒で何も見えない。


 天の創造主の膨大な魔力が、希望の魔女に声を届けて……創造主は語りかける。自らの計画を進める為に。



《かわいそうな、時に呪われた少女よ。

 私は天の創造主。ノルン……私の声が聞こえますか?》




『え?……。』


 突然、威厳に満ちた声が聞こえてきた。希望の魔女は警戒して、黙って……何も話さない。天の創造主はただ語る。



《ノルン、私の声を聞いて、汝の役目を果たしなさい。

 そうすれば……貴方の願いは叶いますよ?


 母と一緒に……再生の聖痕である、

 ルーンと一緒に暮らしたいのでしょう?


 それなら、貴方の役目を果たしなさい。》



『…………………。』



《悪魔の女神の娘―白い人形のノルン、希望の保持者よ。

 迷い星テラで戦乱が起きます。


 幼き人や魔物の子らに、平和という希望を届けて下さい。

 そして、いつか私の願いを叶えて欲しい。



 希望の魔女よ、私の神具を呼びなさい。

 そうすれば、貴方の願いを叶えることができる。



 今、私の勝利の剣を呼ばなければ……。


 聖痕の少女ルーンは消えてしまい、

 二度と会うことができません。

 大好きな母も、白い霧にのみ込まれて消えてしまう。


 ノルン、それでもいいのですか? 

 貴方は自分の願いを捨てるの?》



『嘘……そんなことは起こらない。』



 希望の魔女は創造主の言葉を否定しようとした。でも、魔女の言葉はとても弱弱しい。天の創造主は語り続ける。



《貴方の願いは叶いません。大好きな母と、

 聖痕の少女と一緒に暮らすことはできなくなる。


 それでも、いいのですか? 


 貴方はここまで頑張ったのに……。

 自分の願いを捨ててしまうのですか?》



『いや……いや、捨てたくない。』




《それなら、私の剣を呼びなさい。

 貴方の願いを叶えたいのなら……。》

 


『私は一緒に暮らしたい……。

 願いを捨てたくない!


 来たれ……来たれ……。

 創造主の神具―勝利の剣よ!』




 希望の魔女の目の前に、一本の剣が現れた。


 これは。創造主の神具―勝利の剣レーヴァテインには一定の姿形がない。対があるはずの細長い剣になっている。



 双剣のもう一振りは、異界に存在しない。地獄の下層―灼熱の海まで落ちた、迷い星フィリスの中にある。


 天の創造主はまだ気づいていない。希望の魔女の目の前にある、双剣の一振りには、何も異常がなかったから。地獄にある対の双剣の一振りは……悪魔の女神によって呪われていることを。



《さあ、希望の魔女ノルンよ。

 貴方の願いを叶えなさい。


 さあ、私の剣に手を伸ばして……。》



 希望の魔女ノルンは、ゆっくり手を伸ばす。常に姿を変える双剣の一振り……無印の勝利の剣に。



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 時が来た。悪魔の女神が用意した、地獄での選択の時。白い人形のノルンは、選ばないといけない、決めないといけない。


 自分の願いを叶えるか、それとも、願いを捨てるか……もう時間がない。一刻の猶予もない。霧の世界フォールの霧が、異界まで上昇して、霧の悪魔たちが進軍を開始した。



『極界魔術―終末の行軍ターミナルマーチ

 女神の勅命インペリアルオーダー、“悪魔の大厄災”。』



 悪魔の女神の霧は膨大だ。霧の人形たちが地獄にいる為か、上昇するだけでなく……女神の霧は下降して、地獄にまで手を伸ばす。


 地獄の上層―星の墓場は、完全に霧に包まれてしまった。どんどん下降して、地獄の中層や下層も、女神の霧にのみ込まれてしまうだろう。



 ここは地獄の下層―灼熱の海。すでに、回転する銀の輪―異界の門が形を成している。迷い星フィリス、聖母の街バレルの上空に……異界の門と共に、空中要塞―テュール・ロックが現れた。



《お母さん、隠れて何をしているの?

 隠し事はやめて。私にも教えてよ……。》



 可愛らしい声が聞こえると、周囲の霧が吹き飛んだ。12枚の時の翼は美しく調和している。白いローブと金細工を身に纏い……銀色の髪に、白い手足。海の様に透き通る青い瞳をもつ者。



 私は、時の女神の娘ノルンー天の創造主。


 


 時の女神ノルフェスティの娘は、12枚の時の翼を羽ばたかせている。《すぐに、ここから離れてもいいけど……。》


 空中要塞―テュール・ロックに優しい母がいない。母の代わりに……私の目の前に、細長い剣がある。



《希望の魔女の双剣のもう一振り……。

 お母さん、霧に戻ってしまった。》



 母の白い霧は、私に近づこうとしない。私から離れていく。


 

 時の女神の娘ノルンは、異界にいる希望の魔女の姿を見ることができた。双剣の一振りに手を伸ばしている。


 白い霧は、人形から離れないのに……時の女神の娘には、優しい母が人形だけを背後から抱きしめている様に見えた。白い霧は翼となって、人形から離れない。



《お母さんは……私よりも、人形を愛している。》



 私は、12枚の時の翼をリズムよく動かして、調和させている。私は霧に戻った母に語りかけた。



《お母さん、分かっているの? 

 最後を決めるのは、お母さんではない。

 私でもない……天の創造主でもない。


 白い人形のノルンが、最後の選択をするの。

 あの子は、お母さんの言うことを守ると思う?》



 私は決めた。この勝負からおりない。《いいよ、お母さん。この勝負から逃げない。お母さんが勝ったら、私を霧の奥深くに隠したらいい……でも、私が勝ったら、知恵の聖痕をもらうよ?》


 私は霧の母に、ただ語り続ける。



《お母さん、白い人形のことを、

 よく分かってあげているの? 


 あの子は、私なんだよ?

 あの子が、最後の選択をどう選ぶか……。


 私が分からないはずがないよ。

 だって、自分の願いなんだから……。


 あの子は、お母さんとの約束を破る。

 これは間違いない……。


 白い人形のノルンは、絶対に言うことを聞かないよ?

 あの子は、お母さんの傍から離れようとしない。


 世界の平和よりも、お母さんを選ぶ。絶対にね……。》


 

 時の女神の娘ノルンは、ゆっくり手を伸ばす。常に姿を変える、双剣のもう一振り……



 双剣はあるべき場所へ……対となっている勝利の剣が呼び合う。システム―ノルニルによって、二人のノルンの繋がりはさらに強くなっていく。



 そして、その時はきた。


 勝利の剣に付与されていた、再生の聖痕が効果を発揮したのだ。希望の魔女ノルンが、自分の願いを捨てることができれば、悪魔の女神の願いは叶う。


 逆に、希望の魔女ノルンが、自分の願いを叶えようとすれば……悪魔の女神の願いは叶わない。天の創造主の計画が進み、天国での母と娘の決闘が近づく。



 世界は破滅へと向かっていくだろう。

  

                                 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー―――――――――ーーーーーーーーー――――――――



 世界の破滅。白い霧が、黒く変色していく。


 黒い瘴気は強い毒であり、少量でも死に至る。黒い霧の中から、ガラララ、ガラララ……と鈍い金属の音が聞こえてくる。


 全身を包む黒い鎧。鎧の隙間から、黒い瘴気が吐き出される。腐敗した手には、巨大な斧や槍、メイス(金属の鈍器)といった様々な武器が握られている。



≪我が主へ、魂を奉げろ……我が主へ、魂を奉げろ。≫



 悪魔の軍勢は、鈍い声を発しながら前進していく。黒い瘴気が形を成した黒き鎧は、悪魔たちから自由を奪った。自ら鎧を脱ぐことは叶わない。



 黒い霧は、悪魔の軍勢に役目を与える。


 それを果たす為だけに、軍勢は前進し続ける。



≪我が主へ、魂を奉げろ……我が主へ、魂を奉げろ。≫



 腐敗した霧の悪魔、“魂を狩る、黒き鎧の狂戦士バーサーカー"は、自身の命や魔力が尽きるまで獲物を殺し続ける。新しき女神に、魂を献上する為に……。



≪贄、発見……我が主へ、魂を奉げろ!≫




 黒い瘴気から、ズ、ズズズ……と何かが這う音が聞こえてくる。黒い霧から腐敗した漆黒の蛇が現れた。


 鎧の様な黒き外殻。体は細長く、四肢はない。細長いと言っても、胴体は30mくらいある。300mを超える体で、濁流の様に全てをのみ込んでいく。



 世界を憎む、世界を呪う女神の忠実な僕。


 霧の龍ウロボロス。漆黒の蛇の甲高い声が、至る所から聞こえてくる。蛇の目は真っ黒で、生を感じさせるものが失われていた。


 ただひたすら全てを砕き、あらゆるものをのみ込んでいく。



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 さあ、時がきた。私は女神の影ノルフェ。


 私は、白い人形のノルンの願いを無視しないといけない。あの子の願い……大好きな母と一緒に暮らすこと。自分の娘に対して、悪魔の様に振る舞うことができれば、悪魔の女神の願いは叶う。



 私は自分の姿を変える。眼や口のない霧の幽霊となった。これは女神の影アシエルの姿。この姿を見たら、きっとあの子は嫌がる。



 嫌がって、私から離れてくれたらいい。



 再生の聖痕とシステムーノルニルが効果を発揮している。もう少しで、愛しい娘を癒すことができるはずだ。暫くの間、女神の影アシエルを演じきればいい。




 白い霧が、周囲の状況を変えていく。


 霧の世界フォールの様に、空や大地、木々、岩など全てを形作っていき……私は大樹の城の中庭にいた。あの子が最も好きな場所、母親に会える場所だから。



 やっぱり、あの子が追いかけてきた。迷い星テラで待っていてくれたら良かったのに……ノルンは悪くない。悪いのは天の創造主と私。


 私は自分自身に言い聞かせた。ここまできて、失敗するわけにはいかない。『自分よりも大切な娘なんでしょう? それなら、自分の命を……魂を差し出しても平気よね? さあ、愛しいノルンの為に、自分の思いを霧に奉げよ。決して、あの子に触れるな……ここで、あの子との繋がりを断ち切れ。』



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 創造主の神具―無印の勝利の剣に触れると、システムーノルニルが効果を発揮して、私の魂だけをどこかに運んだ……人形の幽体離脱。異界にある迷い星テラで、白い霧が私の体を支えてくれている。



 私は希望の魔女ノルン。


 白い霧が少し晴れてくると、そこは大樹の城だった。目の前に、中庭へと続く扉がある。私はゆっくり、その扉を開けた。



 大樹の城の中庭……不思議なことに、あらゆるものがぼろぼろと壊れて、消えていく。全てが壊れようとしているみたい。


 私の目の前に、怖い幽霊がいた。目や口のない霧の幽霊、女神の影アシエル。私を憎み、私を殺そうとした母の影。



 でも、おかしい。女神の影アシエルの後姿……震えている。どうしてか分からないけどそう思った。本当に分からないけど、私の口からこの言葉がでた。



『?……お母さん?』



『私が、お前の母に見えるのか? やはり、愚かな娘だ。

 よく見ろ、お前のせいで……全てが消える。


 お前のせいだ。お前が生まれてこなければ、

 こんなことにはならなかった。』



『…………………。』



『私も消える。良かったな、お前は全てを犠牲にして……。

 お前だけ生き残るんだ。これからも、時に呪われるがいい。』




『貴方は、どうして震えているの?』




『私が震えている? ふざけるな! 

 目障りだ、消えろ。私を愚弄するなら、ここで殺すぞ!?


 さっさと消え失せろ……この出来損ない!』



 怖くなって、私は後ずさった。でも、おかしい。痛い……胸が痛い。目の前にいる、霧の幽霊に怒鳴られたことは、特に気にしないのに。



 分からない。分からないけど、ここから離れることがすごく痛い。『なんで、こんなに痛むの?……霧の幽霊は、どうしてここにいるの? ここは、私の母がいた場所なのに……どうして、こんなに苦しいの?』 



 私はもう後ろに下がれない。大樹の城の中庭から出ていけば、もう母に会えない気がした。私の願いが叶わない様な気がした。



 私は震える声で、霧の幽霊に声をかける。



『私の……私の願いを知っていますか?』



------------------------------------------------------------------------------------------



 私は女神の影ノルフェ。今は、口や目のない霧の幽霊……女神の影アシエルの姿になっている。


 あの子が、私に聞いた。あの子が、中庭から出っていってくれない。あの子は、何かに気づいている……こうなっては仕方ない。あの子を傷つけてでも、私から離さないといけない。




『私にも、願いがあるんです。小さな願いだけど……。』



『うるさい、お前の願いなど、知ったことか!

 消え失せないのなら……。』



 私は、システムーフェンリルを起動。私は左腕を横に伸ばした。銀色に輝く剣が、霧によって形を成す。


 あの子は止まらない。ゆっくり近づいてくる。




『私は、お母さんと一緒に暮らしたい。

 ただ、それだけなんです。』



『う、うるさい!……黙れ!』



 空中に浮かぶ、銀の剣が放たれる。あの子の右腕をかすめて、地面に突き刺さる。あの子の白い腕から、血がぽたぽたと流れ落ちていく。


 再生の聖痕は、に効果を発揮している為……希望の魔女を癒さない。あの子の涙が零れ落ちていく。



『傷が治らない。やっぱり……。

 ルーンがどこかに行ってしまったの。


 私、一人になってしまうんです。

 どうして、皆、私から離れていくの?』



 あの子は泣きながら、そう言いました……ここまできついとは思わなかった。創造主の高笑いが聞こえてきそう。


 私は、悪魔の女神の願いを叶えないといけない。あの子を守らないと……おかしいね。今、愛しい子を自分の手で傷つけている。



 あの子は、私のすぐ後ろにいる。



『貴方は誰なんですか? どうして、ここにいるんですか?

 どうして、こんなに胸が苦しいんですか?


 教えて下さい、私は……自分の願いも叶えたら駄目なんですか?』



 あの子は、ゆっくり手を伸ばす。私に触れようと……。『やめて、やめて……ノルン、お願いだから。言わないで、触れないで……。』




『汚い手で触れるな……私に構うな。』



『貴方は怖い幽霊じゃない。貴方は誰なんですか?

 私は、一人は嫌……お願いだから、私を一人にしないで。』



 あの子が、私に触れるのをやめさせるには……あの子の小さな腕を斬ればいい。あの子が抱きつこうとすれば、槍で小さな肩を貫けばいい。



 女神の影アシエルなら、平気でそうするだろう。



『私は……悪魔の女神の願いを叶える。

 それは絶対だ……例え、傷つけてでも―』



 私の口から、震える声がもれた時、あの子は呟いた。あの子に一番言って欲しくない言葉を……母親として、一番聞きたくない言葉を。




『こんなに……私のことが嫌いなの?

 それなら、ここで殺して下さい。



 お願いです。


 私はもう、生きていけません。

 私のことが嫌いなら、ここで殺して下さい。』





『……………。』




 ああ、私の何かが壊れた。きっと魂が壊れたと思う。私の霧の体が崩れていく。あの子が、システム―フェンリルを起動して、小さなナイフを呼んだ。


 それを握りしめて……ああ、やめて。もういいよ。





 それから、あとのことはよく覚えていない。もうこれ以上、あの子の悲しい言葉を聞きたくなかったし……私は、霧が創った白い手で、小さなナイフを止めた。


 それから、ナイフを捨てて、思いっきりあの子を抱きしめた。あの子が呟いて……私も呟く。こんなにも辛いこととは思わなかった。



 こんなにも、あの子の願いが強いなんて……ごめんね、ノルン。悲しませてしまって。本当にごめんなさい。私は心から、貴方のことを愛しているよ。


 これから、世界は壊れていくけど……新しき女神が、貴方のことを守ってくれる。だから、どうか生きて。もっと強くなって。



 私の負け。天国での決闘は避けられない。だから、今よりもっと強くなって……天国で私を殺してね。大好きだよ、ノルン。




 希望の魔女ノルンによって……再生の聖痕の癒す対象が変更されました。希望の魔女を癒して、魔女の右腕が治っていきます。



 



 全てが壊れて、白い霧も消えていきます。崩壊の中で、母は最後まで娘を抱きしめて……時の女神の娘ノルン―天の創造主の声が、崩壊する中庭に響き渡りました。



 天の創造主の勝利の言葉。



《お母さん、私の勝ち。ノルンちゃん、

 再生をもたらす勝利の剣は返してあげるよ。》



 女神の影ノルフェが消えました。希望の魔女の目の前に、誰かがいます。目の前にいる少女が、双剣のもう一振りを魔女に投げました。


 希望の魔女はそれを体で受け止めて……手で目を拭いて、その少女をよく見ました。魔女はとても驚き、何とか声を出します。



『あ、貴方は誰?……お母さんは、どこ?』




《私?……見て分からない?

 私はノルン、時の女神の娘。


 今回は私の勝ち。だから、知恵の聖痕はもらうね。

 再生の聖痕は、今までの様に君が持っていればいい。


 それじゃあ、ノルンちゃん、また会おうね。》



 全てが消えていく瞬間、その少女は笑っています。自分の幼い時の姿で……希望の魔女ノルンは、再生の聖痕が……自分ではなく、目の前にいる少女を癒そうとしていたことに気づけましたが、もう間に合いません。



 時の女神の娘ノルン―天の創造主は姿を消しました。




 こうして、地獄での選択の時は過ぎていきます。世界は破滅へと向かい、世界は崩壊していくでしょう。



 希望の魔女ノルンは、再生の聖痕が刻まれた双剣のもう一振りを……再生をもたらす勝利の剣を強く抱きしめました。



 今にも壊れそうな自分の魂を癒してもらう為に……。

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