第69話『地獄での選択の時……ルーン・リプリケートに導かれて、赤き魔女ではなく、憤怒の魔女として役目を果たす。女神の勅命、“悪魔の大厄災”。』
私は、ルーン・リプリケート。
女神の影アシエルによって創られた、悪魔の女神の複製品。母の白い霧に包まれながら、前へ進む。
私は最近のことを思い出す。体の中に、傲慢の魔女ウルズの星の核を宿して……私は、女神の影アシエルに操られて、地獄の門を開いた。
今、私の時が逆転していく。私の体が少しずつ変化し始めた。
地獄の門を開いたけど、女神の影アシエルは、憤怒の魔女の中に封印されてしまった。今度はウルズが、私の体を操って……女神の影ノルフェと共に歩み、白い人形として、地獄に落ちた獣人の星を救おうとした。
獣人の星で、女神の影ノルフェは願った。
『我は、女神の影……影は女神の時を奪わない。
我は時を逆転させる。
我は望まぬ未来を否定する。
我は女神の影……時よ、我と共に歩め。』
でも、ウルズや女神の影ノルフェは獣人の星を救えない。不幸な星は、地獄の下層-灼熱の海まで落ちて、燃え尽きて消えてしまうだろう。
私は、白い霧が見せてくれた、ある未来も思い出す。
地獄の門が開かれたあと、とても近い未来を……地獄の悪魔は、霧の中で蠢き、獲物を狙っている。新しい女神に、人や魔物の魂を献上する為に。
白い霧は、地獄から立ち昇り、霧の世界フォールを拡大させている。本来なら交わることのない、数百……数千……数万の世界が、白い霧にのみ込まれていく。
終末を告げる白い霧。人や魔物は霧の悪魔と戦い、天上の神々に祈った。でも、天国の助けはない。天国に神様はいないから……。
赤いリボンと金色の髪―ミトラ枢機卿は、聖フィリスの教会の中、人溜まりの中心にいた。聖神フィリスと聖母フレイの像が、人々を見守っている。
今、地獄の門が開き、霧の悪魔が絶望をまき散らしている。
聖フィリス教国の騎士団や神官。皆が、新しい枢機卿を頼っていた。聖母フレイの代弁者であり、聖神フィリスを復活させた聖女として……。
迷い星フィリスの住人にとって、不幸なこと。この星の主神フィリスは、聖神ではなく、邪神だった。恐怖に怯える人々を苦しめる、生粋の悪魔。
「ミトラ、話がある……白い人形のことだ。」
教会の聖母フレイの像から、青い炎―聖母の魂が現れた。青い炎は、ミトラ枢機卿と同じ姿、人の娘の姿になっていく。
聖母フレイは、依り代の砂の星を失い、ミトラ枢機卿と同化している。もう、フレイの本来の姿には戻れない。
聖母フレイの姿を見た、騎士団や神官は頭を下げ、身を低くしている。ミトラ枢機卿だけ、頭を下げたあと……ひれ伏すことなく、聖母に向かい合った。
新しい枢機卿は、自分と同じ姿をした聖母に話しかける。
「聖母様、良い知らせですか?」
「悪い知らせだ。幼い女神は、
天国の鍵を探している。
全ての鍵を集め、あの女神が、
天国に入れば……古い世界は滅び、
新しい世界が、幕を開けることになる。
我らは、新しい世界には招待されない。」
「ノルン様は? どこにおられるか、
分からないのですか?」
「異界の門が、青い瞳の少女を導いている。
見つけるのは容易ではない。」
「そうですか……聖母様、
私たちは勝てますか?
新しい女神……ルーン様に。」
この未来がすぐ近くまできている。
この未来なら、青い瞳の少女―ノルンは幸せに暮らせるかな? あの子を救うことができるのなら、私は消えてもいい。『ごめんね、ウルズ、アメリア……妹を救う為に力を貸して……。』
『テラ・システム―ノルニル。
女神の娘たちに干渉開始……。
傲慢の魔女ウルズ、
憤怒の魔女アメリア、接続成功。』
私の時が逆転していく。ウルズの時の魔術によって……。
ウルズや女神の影ノルフェは、獣人の星を救えなかったけど、猫の獣人たちなら助けることができそうだね。
《白い人形ウルズの時の魔術―極界魔術、
傲慢な魔女の時の
私の中にある、ウルズの星の核が真っ先に反応して、私の体を変貌させ始めた。幼い少女から、大人の女性へ……傲慢の魔女ウルズの本来の姿に戻っていく。
ただし、瞳の色は魂を惑わす紫の瞳ではない。私の中に知恵の聖痕―女神の影ノルフェが宿っているから、全てが凍える白い瞳になった。
でも、この姿は一時的なもの。
時の魔術による変貌は終わらない。私の体は、ぼろぼろと崩れていく。悪魔の女神が創った、白い霧まで戻ろうしている。
ウルズの時の魔術は、魔術の対象を……魔術の効果を、全て逆転させてしまう。私自身に行使した場合、最初の状態―白い霧まで戻ってしまう。
でも、これでいい。あの子を救うことができるのなら……。
『さあ、白い霧よ。私の声を聞け。
私は白い霧に戻り……私と共に異界をのみ込め!
霧の悪魔たちよ、憤怒の魔女の声を聞け。
憤怒の魔女の勅命に従い……。
悪魔の軍勢よ、異界に終末を届けよ!』
霧に戻っていく体を動かしながら、言葉を紡ぐと、目の前の霧が晴れてきた。私は表面が平らな敷石―石畳の上を歩いていて……。
この場所は、地獄に落ちてきている。異界の門によって、異界から運ばれてきた。ここは空中要塞。創造主の神具-空中要塞、テュール・ロック。
私の目の前に、幼い少女が座り込んでいる。
彼女は再生の聖痕、白い瞳のルーン。幼い少女はとても苦しかったのに……異界にある迷い星テラで、課せられた役目を果たしてくれた。
私は、“再生の聖痕”ではない。ルーンは、再生の聖痕で……私は、ルーンの魂を入れる為の器だった。
目の前に、聖痕の少女が座り込んでいる。
彼女に不思議な槍が突き刺さっていて……槍の色が金色から銀色に、そして、透明になったりして、また金色に光っている。
この槍は一定ではなく、常に姿形を変える。剣や槍、杖の姿をもち、あの子の周囲に展開して敵対する者を殲滅する。創造主の神具―勝利の剣レーヴァテイン。
ルーン・リプリケート―女神の複製品は、自分の魂を……座り込んでいる幼い少女を後ろから、母の様な手と腕で、そっと抱きしめた。
『おかえり、ルーン。
ごめんね。苦しかったね……。
ありがとう、ルーン。
この剣をここまで運んでくれて。
あとは、私に任せて……。
ノルンの剣の中で、ゆっくり休んでね。
大丈夫、安心して。
ノルンの傍にいられるから、ルーン……お休み。』
聖痕の少女、白い瞳のルーンも本来の姿に戻っていく。
私に行使されていた、ウルズの時の魔術が、白い瞳のルーンにも影響を与えて……悪魔の女神の神聖文字に戻った。
現在:再生の聖痕 → 青い瞳のノルン、星の核に付与。
今、再生の聖痕は、白い人形のノルンの星の核に付与されている。それを変更する。ウルズの時の魔術によって、付与する対象が変わっていく。
変更:再生の聖痕 → 創造主の神具、勝利の剣レーヴァテインに付与。
勝利の剣レーヴァテインに、再生の聖痕が刻まれた。
再生の聖痕は、勝利の剣の中に消えていく……レーヴァテインは常に姿形を変える為、外見だけでは、女神の神聖文字が刻まれていることに気づけない。
天の創造主でさえ、希望の魔女の未来は見えない。
天の創造主の
霧が邪魔して、私のことが見えにくいなら、あの子はどうする?……ここにくるよね? 私に会いにくる……希望の魔女の剣がある、この場所へ。』
あの子が、勝利の剣に触れたら気づくけど……触れたら、あの子はもう逃げられない。その時が、悪魔の女神が用意した、地獄での選択の時だ。
私は、空中に浮かぶ不思議な槍に触れながら呟いた。
『再生をもたらす勝利の剣よ。
地獄にいる、あの子を呼んで。
あの子がくれば……あとは、
私が、ノルンを拒否できれば……。』
私の左手や左肩は、既に白い霧に戻っている。自分の体を維持しようとして、幼い少女の体に戻ってしまった。白い霧になり始めているので、大人の女性の体を維持することができない。
私は自分の体が消える前に、ウルズや女神の影ノルフェが守ろうとしたものを残すことにした。
獣人の星に住んでいた、猫の獣人たち。そして、大樹の街エラン・グランデ。地獄に落ちた獣人の星にある唯一のオアシスをここに残そう……ちょうど、空に浮く大きな岩-テュール・ロックがある。岩の上にのせてしまえばいい。
霧の中から何か降ってくる……きらきらと光るもの、青く光る歯車。ウルズの漆黒の鎖についていた歯車が落ちてきた。
落ちてきた大小様々な時の歯車が、いろんなものにくっ付く。
金の装飾が施された、聖フェルフェスティ教会の壁やテュール・ロックの高い城壁にもくっ付いて……歯車は噛み合ったり、外れたりしてカチカチと音が鳴っている。
『私はルーン・リプリケート……女神の複製品。
ウルズの時の歯車よ、私の声を聞いて。
女神の影ノルフェの言葉を思い出して……。
影は女神の時を奪わない。
我は時を逆転させる。
我は望まぬ未来を否定する。
我は女神の影……時よ、我と共に歩め。
私も望まぬ未来を否定する。
獣人たちの滅亡を望まない。大樹が枯れることを望まない。
猫の獣人たちよ、生き残れ。
大樹の街エラン・グランデよ、今ここに現れよ!
時の魔術―極界魔術、傲慢な魔女の時の
カチカチ……ピタッ。歯車の音がやんだ。
これは極界魔術、娘の願いを霧が叶える。ウルズの時の歯車がばらばらに壊れると、白い霧がそれを残し始めた。
ウルズの時の歯車が覚えていたものが、今この場に形を成していく。
倒れている猫の獣人たち……ばらばらの死体の時も戻り、穏やかな呼吸を続けている。霧の中に、大きな根っこが見えた。エラン・グランデの大樹も残せた様だ。
空中要塞―テュール・ロックに、大樹の街エラン・グランデがあって、これから猫の獣人たちが住み着くことに……白い霧の中で、空中要塞は安定して浮いている。
白い霧が、私に教えてくれた。
空中要塞が、地獄の下層―灼熱の海に現れることを。迷い星フィリス、その星の中にある聖母の街バレルの上空に……私は、憤怒の魔女に呼びかけた。
システム―ノルニルによって、アメリアに干渉して意識を共有していく。私が話せば、アメリアも同じ様に話してくれる。『ありがとう、アメリア……魂を奉げてくれて……大丈夫だよ。白い霧は、私は決して……貴方の傍から離れない。』
『私は憤怒の魔女。
悪魔の女神に代わって、勅命を下す。』
聖母の街バレル、白き炎に包まれている場所がある。
憤怒の魔女が、上空から落ちると、白き炎は周囲を焼いた。民家は廃墟となり……どんどん、白い灰が積もっていく。
白い灰と白き炎の中で、憤怒の魔女アメリアも同じ様に呟いた。
『霧の悪魔よ、世界を憎め、世界を呪え。
全てを腐敗させ、創造主を失望させよ。』
そうこれは呪い。あらゆる世界を憎んだ悪魔の女神の呪い。天の創造主を憎む女神に代わって、腐敗した悪魔たちが世界を滅ぼす……終末の
『女神の名において命ずる。
母なる白い霧よ、終末をもたらす、黒き霧となれ。』
『腐敗した悪魔たちよ、生きとし生けるものを憎め。
全てを破壊し、憎き創造主を絶望させよ。』
私の周囲にある霧も、黒く変色し始めた。ズ、ズズズ……と何かが這う音が聞こえてくる。黒い霧から現れる、腐敗した漆黒の蛇が近づいてくる。
霧が異界が襲って、霧の龍ウロボロスが全てをのみ込み……いずれ、精霊の世界や天国にまで、霧は上昇していくだろう。
『女神の名において命ずる。腐敗した悪魔たちよ、
終末をもたらし、人や魔物の魂を献上せよ。』
そして、遂に憤怒の魔女アメリアは勅命を下す。
終末に相応しい、世界の最後……憤怒の魔女は、最後の言葉を呟いた。
『極界魔術―終末の
女神の
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