第68話『地獄での選択の時、再生の聖痕は役目を果たす。』
私は、再生の聖痕。悪魔の女神の極界魔術……昔のことをふと思い出す。
私は、悪魔の女神の娘ノルンと共に生きてきた。ひ弱な子が、霧の城で必死に生きていたこと。城の外、霧の外へ出たいという強い思いを持っていたこと。
私は全て知っている。
この子がどれ程願っているか……大好きな母と一緒に暮らしたい。ただ、それだけなのに。この子は優しい母と一緒に暮らしたいだけ。
でも、この子の普通の願いは叶えてあげられない。
この子が望まない不死の聖痕や他者を殲滅する騎士神の
『テラ・システム―ノルニル。
悪魔の女神に干渉開始……接続成功。』
白い人形の片割れ、白い瞳のルーン。私はそう呟く。白い手足に銀色の髪。全てが凍える白い瞳……悪魔の女神の分体には、はっきりと見えていた。
白い人形ノルンの母親、悪魔の女神が望む未来が……。
ここは異界にある迷い星テラ。この星の中にある水の都ラス・フェルト。
この街の中で悲鳴が聞こえる。皆が驚いて、目の前で起こっていることが信じられず……皆、動くことをやめて黙ってしまった。
水の都のある区域が浮かんでいる。
地面から離れて……少しずつ上昇している。私は、テラの大樹に指示を出した。若葉色に光る透明な根が、水の都の住人たちを助けていく。
今、浮かび上がった区域から人が落ちた……運悪く、そこにいた人たち。でも、この都には人々を守る光の大樹がいる。
テラの大樹は、落ちた人たちをそっと包み込んだ。
この都には、希望の魔女もいる。
だから、私がいなくても……もう大丈夫。大丈夫だよね? あの子はとても強くなった。立派に成長してくれた。
だから、そんな目で見ないでよ。
どうして、泣きそうな顔をしているの?
私は、異界の門を呼んだ。私を止める声が聞こえる。
でも、私はやめない。ここでやめたら、本当に全てが消えてしまう。私の守りたいものが、全部……天の創造主に奪われてしまう。
転移魔術でとぶ前に、私はあの子に一言謝った。
『ノルン、勝手なことして……ごめんね。』
『ルーン、やめて! お願いだから、やめてよ!』
あの子が泣いている。私が何をするか、あの子に教えていないのに……あの子は気づいたのかな? いつも隠し事をしてごめんね。
今日、私が終わらせる。私が、創造主からあの子を守ってみせる。だから、どうか、この星で幸せに暮らしてね? 大好きだよ、ノルン。
ゴォーン、ゴォーン……近くで鐘が鳴っている。
真っ暗になり、その後、光を取り戻す。私は、浮かび上がった区域に降り立った。目の前に、大きな教会がある。聖フェルフェスティ教会。この教会の尖塔にある鐘が鳴り続けている。
私はもう一度、異界の門でとんだ。ゴォーン、ゴォーン……すぐ目の前で鐘が鳴っている。この鐘の音を聞いていると、とても落ち着いた。
私はもう一度、テラの大樹に指示をだした。決して、この教会に近づいてはいけないと……光の大樹は、私の指示に従ってくれた。
教会の鐘はよく手入れがされていて、銀色に輝いている。珍しく装飾されていて……平らなローレリーフ(浅浮き彫り)が施され、宝石も埋め込まれている。
記念日に作られたものみたい、水の都の住人にとって、この鐘は大切なものなのだろう。宝石を使うのはいいけど、この石は埋め込むべきじゃなかったけどね。
私は、青く光る石に……天の鍵の一部(天のピース)に呼びかけた。
『ねえ、天の鍵よ、こんな所でずっと眠っているの?
光の大樹が、貴方を呼んでいる。応えてあげて……。』
私が呼ぶと、青く光る水晶がドロドロに熔け始めた。
鐘の動きに合わせて、水晶の水滴が周囲に漂っていく。そして、それは一つに纏まり、教会の外に落ちていった。
テラの大樹が喜んでいる。天国の鍵(天のピース)に出会えたから。
※時の女神の落とし物―天国の鍵(天のピース)。
砕けた、10個の欠片―No.1~No.10。
No.1-テラの大樹、テラ・システム。
No.2-封魔のラス・フェルト
保持者―光と悪魔の子フェル・リィリア。
No.3~No.5-聖神フィリス、ヘブンズ・システム。
保持者―狂信者デュレス・ヨハン。
銀色の鐘に埋め込まれていた、天のピースの保持者はフェル・リィリア。私は少し考えた。『この鐘から外しても、それは変わらないか……天のピースは保持者と強く結びついている。今後、フェルを味方にできれば……。』
突然、教会の鐘の音が止んだ。
銀色の鐘が、不自然にピタッと止まっている。どうやら、天の創造主に気づかれたみたい。宙から膨大な魔力が流れ込んでくる。
私は異界の門でとんで、再び聖フェルフェスティ教会の前に現れた。創造主の膨大な魔力が、教会を……浮かび上がった区域を包み込んでいく。
この場所自体が、創造主の神具に変わろうとしている。教会の鐘は金色に変わり、教会の柱や壁に、金の装飾が施されていく。
それは別の建物にも及び……ぐるっと囲う様に、高い城壁が出現。創造主によって、迷い星テラの大地が砕かれた。
大きな岩が草木をのせたまま、幾つも浮き上がる。
浮かんだ大小様々な岩は、聖フェルフェスティ教会がある区域に集まって、さらに大きくなり……空に浮かぶ要塞となった。
そうこの岩や要塞自体が創造主の神具。“空中要塞、テュール・ロック”。
鳩の鳴き声が聞こえる。鳩たちが、空中要塞の城壁で休んでいた。
私は無人の空中要塞で、ぽつんと佇んでいる。聖フェルフェスティ教会の前で待った。あの子がここに来るのを……鳥が羽ばたく音が聞こえてきた。
異界の門は、私が制御している。悪いけど、あの子に使わせるつもりはない。これが終わるまで、あの子は水の都にいないといけない。
絶対に地獄に来てはいけない。もう少しで、全部終わるから……。
白い鳥が、空中要塞の城壁の上に立っている。
予想通り、あの子は私を追いかけてきた。天の創造主の膨大な魔力を喰らって、背が少し伸びている。
銀のガントレットやグリーブを身に着け、腰から生えた白い翼は、ノルンの極星魔術―希望の聖痕……あの子は成長して、とても綺麗な翼を羽ばたかせている。
希望の魔女ノルン。天の創造主でさえ、希望の魔女の未来は見えない。創造主が気づいていても……もしかしたら、裏をかくことができるかもしれない。
もう、希望の魔女の奇跡にかけるしかない。
私とノルンの同化が進行している。あの子が希望の魔女になってくれたお陰で、私も強欲の烙印を行使できる様になった。
※テラの大樹、テラ・システム。
希望の聖痕(90) →ノルンの希望(50)+天の創造主の神具(50)、↑増加。
強欲の烙印(10) →ルーンの強欲(50)+システム―ノルニル(50)、↑増加。
現在、ノルンの希望の聖痕(100)+ルーンの強欲の烙印(100)。
天の創造主の膨大な魔力は底がない……テラ・システム―ノルニルによって、あの子から私に魔力が流れ込んでくる。
私も、ノルンがいなかったら何もできなかったね。
あの子は、私に近づこうと白い霧の翼を羽ばたかせている。それは駄目……私に近づいたら駄目。あの子はここで、私との関係を断ち切らないといけない。
私は右手を、希望の魔女に向けた。
あの子は羽ばたいているけど、前に進めていない。白い霧の翼が、あの子に逆らっているから……希望の魔女は、私の頭上で叫んだ。
『ルーン、なんでこんなことをするの!?
酷いよ、わたし……嫌なことした?』
『ノルンは何も悪くないよ。
ノルンは正しい。何も間違っていない。
だから、こうするの。ノルンは、私の傍にいたらだめ。
私は、霧の大罪に選ばれた、強欲の魔女。
他者のものを勝手に奪う、悪い女。
魂さえも喰らってしまう……。』
私は、あの子の白い霧の翼を奪っている。今のままでは、あの子がいくら言っても、白い霧の翼は言うことをきかない……私は、あの子に語り続けた。
『ノルンは何も悪くない。これだけは絶対に忘れないで。
私と約束して欲しいの。
このことで、自分を責めないこと。私のことを忘れて、
この星で幸せに生きていくこと。
ねえ、ノルン。私と約束して……。』
『いい加減にしてよ……本当に意味が分からない。
自分が何をして、何を言っているか、分かっているの!?
私が、ルーンのことを忘れるわけがないよ、馬鹿!』
『ノルンに怒られた……ノルン、約束だよ?
私との約束を忘れないでね。それじゃあ、始めようかな。』
『ルーンの意地悪……ルーンの馬鹿。
私のことが嫌いなら、私に言ってよ!
何も言わずに、急に……こんなの酷すぎるよ!』
あ~痛いな。うん、すっごく痛い。胸が張り裂けそうだよ。でも、私はお母さんから頼まれた。私の役目、再生の聖痕が為すべきことを為さないといけない。
私はノルンを守らないといけない。青のお嬢様、二人のノルンを……私は、息を大きく吸ってから叫んだ。
『天の創造主の神具よ、私の声を聞け!
私は強欲の魔女。悪魔の女神に従い、
創造主に仇を為すもの。
創造主の神具よ、己の存在意義を示せ!
己の存在意義を示さず、何もしないのなら……。
私は、元徳の希望に選ばれた聖女を殺す。』
『?……ルーン、何を言って―。』
空中要塞テュール・ロックは沈黙している。
元徳の節制に選ばれたフェル・リィリアが、迷い星テラにいないからかな。私ではなくフェルが呼べば、すぐに反応するとは思うけど……まあ、いいよ。
元徳の希望は応えてくれたから。
それは、一定ではない。常に姿形を変える。剣や槍、杖の姿をもち、希望の魔女の周囲に展開し、敵対する者を殲滅する。
創造主の神具―“勝利の剣レーヴァテイン”。
あの子は訳が分からず、戸惑っている。ノルン、大丈夫……騎士神オーファンが、“レーヴァテイン”を使えるようにしてくれる。
あの狼は最後までノルンの味方。オーファンだけじゃない、テラの大樹や獣人のフィナもいる。
レーヴァテインが、複数の槍に変化した。
『待って! だめ、ルーンを攻撃したら―』
『ノルン、君は一人じゃないよ。
恵まれていることに気づいているでしょう?』
『いや、ルーン、やめて!
お願い、オーファン……この剣を―。』
『誰も傷つかない、誰も不幸にならない。
ノルンだったら、できると信じてるよ。
ノルン大好きだよ、今までありがとう。
とても楽しかった!』
『ルーン、お願いだからやめて!』
創造主の神具―“勝利の剣レーヴァテイン”は、己の存在意義を示した。元徳の希望に選ばれた聖女を守る為に……複数の槍が、強欲の魔女を貫く。
私は微笑みながら、テラの大樹に最後の指示をだした。白い霧が形作っていく……回転する銀の輪、異界の門。
空中要塞テュール・ロックは、銀の輪の中にあった。そして、転移していく。希望の魔女ノルンは泣きながら、自由になった翼を思いっきり羽ばたかせた。
もう一人の自分を掴んで抱きしめる為に……赤い血が滴り落ちていく。私は見上げた。海の様に透き通る青い瞳の少女、可愛らしい天使が、私に手を差し伸べてくれていた。
『強欲の烙印よ……ノルンの手を……止めて。』
最後の瞬間、希望の魔女は触れることができなかった。目の前にいるのに触れることができない。目の前で、私は口だけを動かした。声はもう出ていない。
希望の魔女は、もう一度強く羽ばたこうとしたけど……。
空中要塞テュール・ロックが、忽然と消えてしまった。
もう、水の都ラス・フェルトの上空にはない……白い鳥が一匹だけ飛んでいる。その羽ばたきはとても弱弱しい。今にも地面に向かって落ちてしまいそうだった。
『私たちの勝ちだね、ノルン。』
希望の魔女は、もう一人の自分の声は聞こえなかったけど、口の動きで分かってしまった。泣き疲れて、ぼーとして……ぽつり呟いた。
『ルーン、何を言ってるの?
本当に馬鹿だよ……ルーンの馬鹿。』
空中要塞は、節制の保持者のもとへ向かう。
あらゆる世界の底にある地獄へ。傷ついた少女と共に……再生の聖痕は、悪魔の女神の呪い。この呪いは、時の女神の娘にも効果を発揮する。
再生の聖痕は、時の女神の娘を癒せるだろうか?
時の女神の娘ノルンー天の創造主は逃げずに、地獄の下層―灼熱の海で……その時をただ待っている。
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